そりゃないだろう -プロローグ-
ふと目を覚ますと、そこは森の中だった。
うつぶせで倒れていたらしい。
少しだけ開けた場所だったので、空が見えた。
霧がうっすらと立ち込め、太陽の位置は低い。
明け方なのだろう。
なんでこんなところにいるのか・・・。
そして、先ほどまで見ていた夢を思い出した。
「え~、つまり、私は不慮の事故で死んでしまい、たまたま異世界転生する魂として選ばれたと」
(・・・是)
姿も声も思い出せないが、神様として認識していた存在が、それを肯定する。
そして、神の意志がおぼろげながら少し頭に流れ込んできた。
どうも、世界を見守る神々の間で最近の流行らしく、その後の世界の趨勢に影響があったりなかったり。神の使途として人間を選定しても、大きな力を使わない限り、普通の人間として歴史の中に埋もれていくだけでその手法は廃れたとか。世界にあまり干渉できない神々にとって、小さな干渉で大きな変化が起こるのは興味の対象らしい。全能神と呼ばれる彼らにとって未来の予測は呼吸をするように簡単で、その予測が外れる事も無い。あまり意にそぐわない未来は改変したいそうだ。
ただ、どういう干渉をするとどうなるのかは完璧な予測ができないらしい。それで、最近の流行が異世界転生と。
事細かに観察されるかと思ったら、そんなことは無く、干渉してしばらくするともう未来は定まるそうだ。
「チートは無いが、ある程度希望の人生を送れるように、要望があれば聞いてくれると」
(・・・是)
赤ちゃんからやり直すのは勘弁してほしい。あまり若い者の中に放り込まれるのもちょっと困る。
「では、年齢は今より少し若いくらいで」
不摂生な生活をしていたため、だいぶぽっちゃりしてしまっている。これではいかん!
「体形は普通で。できれば細マッチョ」
どうせなら異性にはもててみたい。
「顔は少し良いほうがいいです・・・」
どんな世界か分からないのに、生きていけいなのは困る。
「一人でも生きていけるような技能とかってお願いできますか?」
(・・・是)
夢のような記憶はここまでだった。
さて、さらに過去を思い出してみる。
鈴木龍平、45才。独身。東京在住のサラリーマン。
田舎に両親と兄がいた。
ん~、なんで死んだのだろう。
しかし、大雑把な記憶だな。実感がない。書物でも読んでいるかのようだ。
まあ、過去は後でも思い出せるだろ。
夢は忘れるかもしれないが、神様の事は意外にも鮮明に覚えていた。夢じゃなかったという事か。
視線を下に移すと、自分の手が見える。
白い肌、シミやしわも無い。
タコも無く、爪もきれいなものだ。
腕は細く筋肉質。
革の胸当てを付けている。しかし、泥で汚れている。
しかし、下半分はボロボロでへそが見えている。
いや、これは胸当てではなく、腹まで覆っていた革鎧ではないだろうか・・・
・・・!
そこまで考えたとき、ふと、別な記憶が呼び起こされた。
狼型の獣に腹を食いちぎられる記憶が!
血の気が引いた。
腹をさするが、傷は無い。
実感のある記憶。
ああ、これはこの体の持ち主の記憶に違いない。
長年、森の中で狩りをして一人寂しく生活していたが、狼の群れに襲われて死んだ記憶。
こっちの記憶の方が鮮明というのは怖いな。
自分が変わってしまうんじゃないかという恐怖感が沸き起こる。
こちらは、あまり思い出さないようにした方がいいんじゃないかと考えて、思考を現実に戻した。
おおっ、腹筋が割れている。神さまグッジョブ。
腰には、堅い革のスカート。
膝まであるロングブーツ。
なんか違和感があるんだよね。
その時、下を見ていた視界に長い金髪がサラリと落ちてきた。
いや、男でも金髪ロン毛はあるだろう・・・。
感覚を胸に集中する。
キツイ。胸当ての下は、何かが詰まっている。
これは、・・・大胸筋に違いない。細マッチョだ。
そして、大事な息子さんにお伺いを立てる。
留守ですね・・・。
そんなはずは無いと、手でまさぐってみたものの、きれいさっぱり。
家出中らしい。
しばし、呆然とする。
これ男じゃないな・・・。
仕方なくこの体の記憶を呼び起こした。
彼女の名前は、エレーナ。孤児院育ち。
年上の男児からよく苛めにあっていた。
黒い噂のあった商人に売られそうになったため、12才で孤児院を飛び出し、浮浪者生活。
ほどなくして、ごろつきに目を付けられたため、街を飛び出し森での生活に。このときいろいろあったようだが記憶があやふやになっている。・・・うん、よく生きてこられたね。最終的に、元冒険者の老夫婦に助けられいろいろ学んだようだ。
種族、エルフ。40才くらい、そして女!
神様・・・、いや確かに男にしてくれとは言わなかったがそりゃないだろう!
要望を見直してみると。
年齢、45才。今40才。確かに少し若くなっている。
しかし、長生きしてほしいという神様の事情が垣間見える、長命種エルフ。
これで、顔の要望も満たしたわけだ。たぶん。
体形は、少し細すぎるような気もするが・・・。そして筋肉質。はい、細マッチョ設定かな。
そして、彼女の記憶からすると、こんなに胸は無かったはずだが・・・、世の中の平均という事で神様が盛ったのかもしれない。そう考えれば、防具のサイズが合っていない点が納得できる。一人でも生きていけるような技能ということで、彼女の記憶がそのままあるのかな。弓と矢筒も傍らに落ちている。この年まで森の中、一人で生きてきたのだから、そういう技能があるという証拠だな。
死体を再利用すれば世界への干渉は最小限か。
しかし、彼女の記憶からして、かなり男に絡まれている。
これからの人生も嫌な予感しかしない。
大丈夫かよ!
彼女は、男嫌いだったようだ。そして俺も男を好きになるなんて到底考えられない。
全く期待していなかったといえば嘘になるが、ハーレム展開は無いな。
自分の顔を確認してみたがったが、彼女の記憶の中にもそれは無い。
神様を信じるなら過去の自分より整った顔なのだろう。
鏡が普及していない程度の文明レベルだという事はわかったな。
さてと、周りを確認してみる。
鳥の鳴き声が聞こえている。その鳥は自分の記憶には無いが、彼女の記憶にはある。
植生も少し違うので、彼女の暮らしていた森からは遠く離れた場所らしい。
顔見知りに出会うことは無いだろう。元々少なかったようだし。
東の方角は、遠くの方で木々が疎らになってるのか少し明るくなっている。
森の中でも人里に近いのかもしれない。
それは根拠の無い希望だが、秘境のような場所だったら、さすがにすぐ死ぬよね。
移動の前に持ち物を確認する。
弓と矢筒、その中には矢が10数本。何本かは矢羽根の辺りから折れている。
ポーチには、ポーション2つ、ハイポーション1つ、毒消し1つ。そして、塩が少々。
身に着けている革製品を含めて、これら全部お手製なのだから、この子は本当に有能だ。
「はぁ~」
自分の過去を思い返してみてため息が出た。
ありがたく使わせていただきます。
神様と彼女に感謝して立ち上がる。
これだけのスキルがあっても、あっさり死んでしまうとは。
ポーションを使う事も出来ずに。
森の中は危険だ。
できるだけ街の中で暮らしていくことにしよう。
サラリーマンはやりたくないな。仕事に追われる人生はもう十分だ。
結婚して明るい家庭を築くという願望は最初から挫折したが、何物にも縛られない自由な生き方はできそうな気がする。
それは彼女の願望とも一致する。
東に向かって歩き出した。
明るいほうへ。
希望をもって。