第七十八話 D組の出し物
放課後になっても、和美にはクラスで手伝うことが何もなかった。
二年B組の出し物は喫茶店に決まったものの、凝ったコスチュームを用意するわけでもなく、装飾もごくわずか。唯一の手作りはメニュー表くらいだったが、それもパソコンで印字してすぐに仕上げられてしまった。
教室の飾りつけが少ないのは、企画を提案した男子生徒の「シックな雰囲気を出したい」という強いこだわりからだという。漫画に登場するような隠れ家的な喫茶店を目指して、ドアや窓枠を木目調に塗装しようとまでしたが、担任の横宮に止められた。盛り上がった空気は収まらず、ついには余った予算でドアを付け替えようとまでしたらしい。
結局、余った予算はメニューに回され、本格的な食事は衛生面から断念し、代わりにコーヒー豆の種類を増やすことになった。冷静に考えれば「コーヒー好きが出す喫茶店」というのは文化祭としては参加しづらい出し物だが、決定した当時は勢いに流され、誰も気づかなかった。結果として、文化祭を数日後に控えた今、クラスの大半が暇を持て余すことになっていた。和美も例外ではなく、同じように他クラスを手伝う生徒の一人となっていた。
「私ならバイトもあるし、帰っちゃうけどね」
笑いながらそう言ったのは、和美が顔を出したD組の笠原だった。
D組は、文化祭に合わせて乃木市の鎮魂祭を題材にした展示を行うらしい。
坂進高校の文化祭は、学年ごとに大まかなテーマが決まっている。
一年生は音楽や演劇など芸術分野に取り組み、三年生は三年間の総決算として学校生活の記録を展示する。写真をモザイクアート風に並べるといったものが典型だ。その点、二年生は「自由」。生徒主体の文化祭をうたう学校の目玉でもあり、思い出作りに力を入れるもよし、肩の力を抜くもよしとされている。
D組が鎮魂祭を題材に選んだのも、いわば「サボりの一種」であり、過去にも先輩たちが何度か行ってきた展示だった。だがクラス全員が手を抜きたいわけではなく、どうせやるなら内容で勝負しようと意気込む生徒も半数ほどいた。笠原もその一人で、和美は彼女の資料整理を手伝っていた。
「ここで帰っちゃうと、文化祭に参加してる気分が薄れちゃうんだよね。ただでさえ休んでた間にクラスの出し物が決まっちゃって、今は疎外感の方が強いんだ」
ノートパソコンを叩く笠原の隣で、和美はコピー用紙の山を仕分けていた。
鎮魂祭の資料は図書館に眠る古書が多く、データ化されていないためコピーでしか残せない。笠原は集めたコピーをスキャンして整理する担当だった。担任にアプリの使い方を教わり、分類して保存し、さらに共有すると解析して検索できるようにしてくれる生徒がいるのだという。ただ、笠原にはそこまでの仕組みは理解しきれず、和美にはなおさらちんぷんかんぷんだった。
「疎外感かぁ、大げさな気もするけど……まぁ寂しいのは分かるよ。あ、和美、そのまとまった資料ちょうだい」
和美がテーブルの端に置いた資料を渡すと、笠原は自然に「和美」と名前を呼んだ。
友達になろうと宣言した笠原とは、和美も名前呼びをすることになっていた。まだぎこちない矢附や和美と違い、笠原にはまったく違和感がなかった。
「四十年前のタウン誌の記事なんて、よく残ってたね」
渡した資料には、当時のタウン誌で鎮魂祭を特集した記事が載っていた。
「ほんとにね。当時は『タウン誌』じゃなくて『地域新聞』って呼ばれてたらしいよ。形は今の小冊子と変わらないけど、新聞って言葉にこだわりがあったのかも」
現在タウン誌と呼ばれるフリーペーパーは、昔は地元の素人記者たちが刷っていた新聞だったらしい。発行元の会社に残っていなかった記事も、生徒たちがSNSで協力を募って、市民から寄せられたものをかき集めているのだという。
「鎮魂祭か……」
子どもの頃から存在は知っていたが、町内会の小さな祭り程度にしか思っていなかった和美は、その由来に触れるのは初めてだった。笠原の手伝いをしながら知る数々の逸話は、巫女装束で戦う奈菜の姿とも重なり、不思議と心を引きつけていった。




