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焼きそばパン大戦争  作者: 清泪(せいな)
第四章 くるみパン大人形

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第七十二話 ブチギレ

「あっ──」


 思わず声を漏らしたのは奈菜の方だった。


 どつきあうと宣言したとはいえ、流石に顔面への直撃はやりすぎだったかもしれない、と一瞬だけ我に返る。

 だが、その拳はしっかりと和美の顔面を捉え、反動で和美の身体は家を囲む塀に激しく叩きつけられた。

 奈菜の口元には、抑えきれずに笑みが浮かぶ。──遠慮のない一撃を決めてしまった、という快感。


 しかし、呆けている暇はない。

 和美は背中で塀を蹴り、バネのように跳ね返って距離を詰めた。起き上がりかけの奈菜へ、鋭い膝蹴りを突き上げる。


「想定内!」


 奈菜は咄嗟に両手で膝を受け止め、その衝撃を利用して宙に舞った。


 華麗にバク転し、軽やかに着地。そのまま間髪入れずに駆け出す。

 身体を後ろに倒し込むような体勢──狙いは足元。スライディング。

 素早すぎる動きに和美の視線はわずかに遅れ、見事に足を掬われて前のめりに倒れ込んだ。


 スライディングから跳ね上がる奈菜。地面を叩きつけ、その反動で宙に飛び上がる。

 スローモーションのように、倒れる和美の横を錐揉み回転で舞い上がる奈菜。回転を止めると同時に、彼女の手が和美の後頭部を掴み取った。


「お返しや!」


 顔面を殴ったことをやり過ぎだと一瞬思ったことなど、どこへ消えたのか。奈菜はそのまま和美の顔を地面へ叩きつけようとする。


 お返しなら先に顔面を殴られた。そう口に出す余裕すらなく、和美は地面へ手をつくのが精一杯だった。顔面が着地するより先に両手がアスファルトに届き、逆立ちのような体勢に。その反動を使い、折り曲げた足で奈菜を蹴り飛ばす。


 スコーピオンキックに似たその一撃。和美自身に蹴り技の名前を意識する余裕はなかった。

 蹴りを受けた奈菜の身体は宙を転がり、前方へ吹き飛ばされる。


 和美は倒れ込んだ両手をさらに押し込み、身体を地面すれすれに滑らせて奈菜を追う。鬼の力に裏打ちされた異様な身体能力。剣道では決して教わらない身体の動きだ。


 だが、決め手とするのはあくまで剣。

 滑走の勢いで立ち上がりざま、和美は抜き放った白刃を振るう。


 印を刻む間など無い。手を揺らす間など無い。

 迫り来る白刃。咄嗟に出した腕。飛び散る血飛沫。


「ッッッッッアアアアアア!!」


 言葉にならない悲鳴。熱が先に来て、痛みがその後を追い、瞬く間に冷たさへと変わっていく。


「に、西生さんっっ!!」


 二階の壊れた窓から身を乗り出す矢附と笠原が、悲鳴のように声を上げる。


「ど、どつきあおうって言うたのに……腕斬るとか、笑えんセンスしてるな、和美……」


 地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れる奈菜。

 右腕は肘から先を切り落とされ、血が溢れ出て止まらない。認知の問題で錯覚だと頭では理解していても、斬られた瞬間を見てしまえば、否定などできなかった。


「ごめんね、奈菜。私も本気でやるなら、やっぱり慣れ親しんだ剣の道を選ばないと」


 和美は血を浴びた白刃を振り払い、赤い飛沫がジュッと音を立ててアスファルトに焼き付いた。


「ええよ、本気やもんな、仕方ない……本気でぶつかるんやもんな……」


 奈菜は苦笑いを浮かべ、すぐさま怒鳴り返す。


「なんて言うか、ボケっ! めちゃくちゃ痛いっちゅうねん! 許さへんからなっ!」


 左手一本でどうにか身体を起こし、立ち上がる奈菜。その姿を、和美は静かに構えて見つめていた。


「西生さんっ! 高城さんっ! もうやめて!!」


 矢附が必死に声を張り上げる。しかし、二人は一瞥すらくれない。やめるという選択肢は、もはや存在しなかった。

 いや、最初から存在しなかったのかもしれない。和美の内に鬼の力が芽生えた時点で、彼女たちは対決する運命にあったのだろう。


「もう友達の心をどうにか癒そうとか、別の方法を探そうとか……そういうのはやめや。ここまでやられたら、ウチかてキレへんわけない。ブチギレもブチギレや! もう我が儘なんか言わさへん、やりたいことなんもさせへんからな、和美!!」


 奈菜は左手で印を刻む。足元に光が広がり、制服が巫女装束へと変わる。


「そっちが剣の道なら、こっちは西生の道──祓い師の道や。鬼として相手したる。覚悟しいや!」


 光は波を打ち、蛇のようにうねって地面を這う。和美が反応しようとしたとき、すでに足首には光の鎖が絡みついていた。


「あのスライディング……!」


「そういうこと!」


 和美はすぐさま白刃で鎖を断ち切る。しかし光の蛇はさらに伸び、アスファルトに転がる奈菜の右腕を掴み上げた。


「ロケットパーンチっ!!」


 奈菜の叫びと同時に、光に掴まれた右腕が和美めがけて投げつけられる。


「グロいっ!」


 和美は迫る右腕を斬り払おうと、白刃を大きく振り上げた。斜めに、鋭いアッパースイング。


「なんて、うっそぉ!」


 斬撃が届く直前、右腕はヨーヨーのように引き戻される。切断面には光の糸が伸びていて、弾丸のように腕は奈菜の元へ舞い戻った。


 振り上げた和美の体勢はがら空き。奈菜は踏み込みざまに腕を接合させ、そのまま左手を突き出す。掌に纏うは光。イメージするは「押し当てる」。


 懐に潜り込み、放つのはゆっくりとした一打。


 ──発勁。


 押し当てた光が渦を巻き、螺旋となって爆ぜる。

 重い衝撃が和美の身体を貫いた。

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