第七十一話 色
「……そうだね、わかった」
和美は小さく呟き、再び腕を振り上げた。奈菜はすぐに反応し、その手を掴もうとしたが、白い光の壁に阻まれる。
目に見える光──それは西生の力に似ている。鬼の力。
和美の手には白く光を帯びた刀状のものが形を成す。両手を添えて、上段に構えた。
「高城さんっ!」
矢附の制止の声も虚しく、和美の動きは止まらない。光の刀が振り下ろされ、奈菜は身をひねって間一髪で避ける。
「やるんか、和美!?」
「ここまで来て、それを聞くのっ!」
刀が廊下を抉り、火花のような光が散った。奈菜はすぐに反撃へ転じ、和美の腹部に掌底を打ち込もうとする。だが、そこにも白い光の壁が立ちはだかり、硬質な抵抗を返す。和美を護るように纏う光の障壁。
「邪魔くさいのぉっ!」
苛立つ奈菜を狙い、光の刀が弧を描く。下から薙ぎ上げられた一閃をも、奈菜は紙一重でかわした。
この術は使い慣れぬもの。当たりさえすれば簡単に身体が断ち切られると直感する。
「助けたい助けたい言うくせに、めちゃめちゃ殺す気やんか、和美!」
「わかるでしょ、奈菜。私の力は──殺したとしても、元に戻せるの」
「いや、それ、元には戻せてないんやって!」
三撃目。和美の振りはますます速さを増し、刃の軌道が奈菜の腕をかすめた。灼ける痛みが走り、思わず息が漏れる。
認知の力と理解していても、痛みは痛みとして迫りくる。身体が、恐怖を認めてしまう。
「高城さんっ、やめて!」
矢附が悲鳴をあげる。だが和美は、光の刀を横薙ぎに振り抜いた。
空間が裂けたような感覚。
風を切る音と同時に、赤い飛沫が散った。
「え……?」
矢附は、自分が斬られたのかと錯覚し、呆然と目を見開く。奈菜もまた、何が起こったのか理解できず、目を凝らした。
斬られたのは奈菜でも矢附でもなく──
「何してるのよ、高城さん! 今、矢附さんを本気で斬ろうとしたの!?」
矢附の身体を咄嗟に引き寄せた笠原。その腕に光の刃が触れていた。
制服を裂き、肌をかすめる浅い傷。しかし、それがなければ矢附の腕は肩から断ち落とされていただろう。
「笠原さん、貴女こそ解って。ここに来た以上、もう私は──」
「鬼にならなあかんとか、そんなしょうもないこと言うたら殴るで」
奈菜は右手をひらめかせ、印を切る。踏み込みと同時に、和美の腹部へ掌底を叩き込む。
白い障壁が邪魔をする。だが、腰を乗せた一撃がそれを砕き、力をねじ込むように和美の身体を吹き飛ばした。
和美は背後の壁に激突し、タンスにぶつかる。上に置かれた写真立てがガタンと音を立てて倒れた。
「やり過ぎや、和美! ウチはまだええ。でも矢附や笠原はただの同級生やろ! それを容赦なく殺そうとするなんて……アンタ、それはただただ飲み込まれとるだけやないかっ!」
奈菜が怒鳴る。
「……ねぇ、奈菜。青は懇願、赤は怒り、緑は興味。確かそうだったよね。じゃあ、白って何? 私は何を思って、白になったの?」
壁にもたれながらも、和美の手にはまだ光の刀が握られている。白光は鋭く、揺るがない。
「白は……全てを覆い隠し、何もかもを染めてしまう色。何事もなかったことにして、何事も考えられなくする。無に最も近くて、最も遠い色や」
「何それ、禅問答?」
「どういう感情として捉えるかは、アンタ次第や」
「そう……」
和美が囁き、背を壁から離す。そのまま弾丸のように奈菜へ飛びかかった。
白く光るタックル。その衝撃で奈菜の身体は壁を突き破り、宙に放り出される。
二階の外壁をもぶち抜き、朝日眩しい外へ。
和美は奈菜を追い、空を蹴るように跳躍した。顔面を鷲掴みにし、地面へと叩きつける。
「ねぇ、奈菜。私、もう何も考えられないよ。……ううん。お姉ちゃんが首を吊ったあの日から、本当はずっと何も考えてなかったのかも。だから、私は──」
「殴り合って決めろってこと? それをウチに代弁させようなんて卑怯やんな。でも……ええわ。友達として付き合うたる。どつき合い、したる」
高城家の前。アスファルトが砕ける音と共に大きな亀裂が走る。
全身に砕けるような激痛が広がるが、奈菜はそれでも口元を吊り上げてみせた。
「ありがとう、奈菜。じゃあ本気で行くから、そっちも気を遣わなくていいよ」
「気ぃ遣っとんやないねん。アンタに力を制御されとんのや。使えたら、とっくに終わらせとるわ」
奈菜の抗議に、和美は小首を傾げる。
「ねぇ、奈菜。私の力の影響、多分もう大分前になくなってる。……お姉ちゃんが眠った頃から、別の力が強くなってきてるみたい」
「はぁ? 何の話やねん」
奈菜はそう吐き捨てながら、試しに印を切る。
瞬く間に祓いの光が手に宿り──とりあえず和美の顔面を殴りつけた。




