第六十五話 友達の家の場所
和美の力で祓い師としての能力こそ制限されていたが、奈菜自身の身体能力まで失われたわけではない。
日々鍛え上げてきた脚力は健在で、階段を飛び降りるようにして発揮される。
「ちょっと待って!」
矢附が声をかけるが、つい先ほどまで目の前にいた奈菜の姿は、もう二階下に消えていた。
「西生さん、高城さんの家がどこか知ってるの?」
矢附は手すりから身を乗り出し、下を覗く。奈菜は十何段もある階段をためらいなく飛び降りていく。
「正直、和美とはそこまで仲良くないんです。あ、プライベート的な意味ですよ。私の仕事を手伝ってもらうだけの関係でして──」
飛び降りながら返す奈菜の声は、どんどん遠ざかり、聞き取りづらくなる。
「ちょっと、西生さん! 聞こえないんですけど!!」
矢附も慌てて追いかける。だが段飛ばしなど到底できるはずもなく、無理をすれば転げ落ちるだけだ。結局一段ずつ、なるべく速く降りていくしかない。
下の階で「ダンッ」と大きな音が響くと、奈菜の足音は止まった。
「──お姉ちゃんが、和美を手伝わせることに否定的でして。それで和美の素性を調べたりしてました」
一般人が西生の仕事に関わることを拒むのは、花菜ひとりの意見ではない。むしろ総意であり、異端は奈菜の方だ。
巻き込むことを良しとしないのは承知していたが、奈菜は和美の誠意と能力に甘えてしまっていた。
結果としては見過ごされていたものの、和美が小鬼を視認できること自体にも花菜は疑念を抱き、それを踏まえて身辺調査に乗り出したのだろう。
「私はその調査結果を聞いていませんが、お姉ちゃんに聞けば答えてくれるはずです」
奈菜は降りてくる矢附に向けて、少し大きめの声で言った。
――結局一階で待っているのなら、最初から慌てて降りなくてもよかったのに。矢附はそんなことを思う。
「だから、まずはお姉ちゃんを探します。矢附さん、色々動きますので、もしついてこれないならここで待っててもらっても構いません」
奈菜と同じく力を制御されている花菜や他の祓い師たちは、元凶となる和美そのものではなく、その“影響”に注視していた。
乃木市の守護役を離れた花菜は全体のフォローのために市内を動き回っており、合流するにも時間がかかるだろう。
矢附の返事を待ちながら、奈菜は再び動き出そうとする。
乃木市全土に広がる力の規模を考えれば、和美の生命力の消耗はとてつもない。寿命を測れるわけではない以上、それがいつ尽きるかはわからない。――とにかく早く対処しなければ。
「あのね、私、高城さんの家なら知ってるんです。ほら、最近監視役をしてもらって、一緒に下校することも多かったので」
三階から二階に差し掛かった矢附が手すりから覗くと、奈菜が見上げていた。
「へ?」という、気の抜けたような顔がかろうじて見える。
「高城さんの家って、私の帰り道の途中にあるんですよ。だから何度か紹介してもらって──」
「いや、それ先に言いやっ!」
巫女装束を着ているわけでもないのに、思わず関西弁が飛び出す。
これは鬼の影響だという。もともと鬼と西生の因縁は京の都の時代に始まったらしく、そこから言葉が関西弁へと変化していったのだという。
「言う前にどんどん降りてったのは西生さんでしょ。私、待ってって言いましたよね?」
理不尽なツッコミに抗議するように、矢附は足音を強めて階段を下る。
「んー、わかりました。私が悪かったです。だからなるべく早く降りてきてください。あ、転ばないように気をつけて」
逸る気持ちで動いていたことを奈菜は自覚し、頭を冷やす。こんなときだからこそ冷静さを欠いてはいけない。落ち着いて、最短の道を選ばなくては。
「西生さーん、矢附さーん、私も高城さんのところに行きたいから、ちょっと待ってー!」
見上げれば、階段の手すりの隙間から僅かに見える天井。その先から笠原の声が響いてきた。
斎藤に残ると思いきや、やはりついて来るつもりらしい。もちろん彼女も奈菜のように飛び降りられるはずもなく、再び待たされることになる。奈菜はため息をついた。
「待ってますから、怪我しないように急いでくださーい!」
観光ガイドじゃないんだから――そう愚痴りたくなりながらも、奈菜は声を張り上げた。




