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焼きそばパン大戦争  作者: 清泪(せいな)
第三章 メロンパン大逃走
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第四十五話 駆け抜ける遊歩道

 暗く人気のない遊歩道を駆け抜ける。土と落ち葉を踏みしめるたび、かすかな湿り気が足元を奪おうとする。


 荒くなる呼吸、激しく打ち鳴らされる鼓動。それが鼓膜の内側から耳を叩く。


 冷たい夜風が頬を撫でていく。熱く火照る身体にはそれが余計に冷たく感じられた。


 遊歩道と遊歩道を繋ぐ横断歩道へ。信号など確認する余裕もなく、和美はただ一直線に走り抜けた。


 全力だった。剣道部時代の稽古前に毎日走り込んだランニングで、それなりに脚には自信がある。陸上部ほどではないが、そこそこの運動部員には負けない程度の足は持っていた。


 だが──それでも、後ろについてくる気配は消えない。


 振り返るまでもなくわかる。少年は背後にいる。背中をなぞる寒気が、それを証明していた。


 気を抜けば追いつかれる。振り返れば、ナイフが背に突き立つかもしれない。


 一歩一歩を前へ、前へと押し出す。和美は流れる景色の中に、警察の車両──パトカーの影を探した。


 これだけ通り魔事件が続けば、パトカー以外にも覆面車が警戒していてもおかしくはない。


 制服の女子高生が黒いレインコートの人物に追われている。そんな異様な光景を目撃すれば、きっと誰かが気づいてくれるはずだ。


 けれど、呼吸はますます荒くなり、脇腹が痛み始める。全速力で走れる距離には限度がある。得意とはいえ、体力には限界がある。


 ふと、気づく。


 少年の呼吸音が聞こえてこない。


 二つ目の横断歩道を越える。また信号を見ずに突き抜けた。


 どれだけ走ったか、わからなくなってきた。肺は焼けるように熱く、一歩ごとに脚が重くなる。落ち葉で滑りそうになる足元を、どうにか踏みとどまる。


 視界の先、遊歩道はまだ続く。誰の姿もない。夜の静けさに、和美の足音が響く。


 そして、それに混じる、もう一つの足音。かすかな──笑い声。


(……!?)


 三つ目の横断歩道を越える。やはり信号など見なかった。


 そして──気づく。


 横断歩道にも、隣を並走する車道にも、車の影はひとつもない。


「なんで、と思った? お姉さん、今、なんでって思ったでしょ? 気づいたんだよね? その動きでわかったよ、後ろからでも。お姉さん、気づいたでしょ?」


 少年の声が闇を裂いた。周囲に反響し、まるで見えない壁に囲まれているかのようだ。


「ここ、ボクの遊び場なんだよ。結界って言うんだって。カレがそう呼んでた。」


(結界──カレ──)


「お姉さんとボクだけの遊び場。誰にも邪魔させない。誰も助けに来ない。誰も、お姉さんを助けられない──!!」


 歓喜に満ちたような声で少年が吠える。その響きが、和美の背筋を凍らせた。


 和美は地面を強く蹴り、一歩を踏み込んで身体を止めた。反動で身を翻す。急停止の勢いそのままに、振り返るより早く拳を突き出した。予測と勘に頼った先制──顔面へのストレート。


 それに気づいた少年が身体をひねる。突き出そうとしていたナイフを逸らし、拳を避ける。


「いいねー、お姉さん、やる気あるじゃん」


 そのまま半回転した少年は、逆手に持ったナイフを裏拳のように振るう。


 和美はとっさに後退したが、頬をかすめる剣先に冷たく血が流れた。


 よろけた足をどうにか踏みとどめる。迫る少年。肩からぶつかってくる体当たり。


 軽い──だが不意を突かれれば倒れる。その衝撃を耐え、両肩を掴んで押し返す。


 少年の影からナイフが迫る。その銀閃を見た瞬間、和美は足を振り上げた。前蹴り。小さな身体を押し飛ばす。少年は後ろによろけ、そのまま仰向けに倒れた。


「お姉さん、ほんとに、いいねー。こういうの、慣れてるの?」


 すぐさま少年は跳ね起きた。レインコートのフードの奥、表情は見えない。


「正直、慣れたくはないの。鬼に対して──だけど」


 闇夜の鬼ごっこ。ごっこと呼ぶには、あまりにも異様で致命的な“遊び”。


「でもね、鬼が絡んでるなら──助けられるかもしれない。被害にあった人たちに、”何も無かった”ことにできるかもしれない。だから──あなたの“遊び”、ちょっとだけ付き合ってあげる」


 鬼が絡んでいるのなら。もしこの少年が鬼主なら、奈菜が来てくれる。祓える。


 ──それまでの時間稼ぎ、それまでの“鬼ごっこ”。


「いいねー、お姉さん! さあ、遊ぼうか!!」

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