第二話 いつもの《お手伝い》
「ごめんなさいね、高城さん。昼間には香酉先生が手伝いを頼んでたんですって?」
横宮は積み重ねた資料を机にどさっと音を立てて置いた。資料が崩れそうになるものの手を添えてバランスを整えた。
「はい。あ、でもそんな大したことでは無いんですよ。購買部に行くついでに手伝って、って感じで」
「私が言うのもなんだけど、そんな気軽に生徒を使っちゃダメよね。他の生徒の目もあるんだし。言われるでしょ、贔屓されてるとか何とか?」
横宮が手を差し出す。和美はその手に持っていた資料を渡した。横宮が先程まで持っていた積み重ねられた資料と同じ厚みがある。横宮は受け取った資料を机に置いた。先に置いた資料が倒れない様に、今度は慎重に置く。
「最初の頃は言われてましたけど、最近は言われなくなりましたね。もう二年目ですし。最近は物好きだ、と言われることの方が多いですね」
「……物好き、ね」
その言われ方もどうなのかと横宮は思った。確かに手伝いを頼む側の横宮からしても高城の姿勢は物好きに思えてしまう。
本来なら自分のみで済ます雑用を業務過多を理由に生徒に助けを求める際、白羽の矢が立つのはクラス委員長なのだが、そのクラス委員長の瀬名は部活が忙しいを理由に雑用の手伝いまではしてくれなかった。内申点が欲しいだけなので、と一言添えられてしまった。
その点、和美は一年生の頃から役職に就かないことを条件に教師陣のそういった雑用などの手伝いを買ってでていた。内申点や就職時の自己PRに使えると教師陣には言われたが、何々係などの役職が手伝いに義務感を持たせそうで嫌だった。
「ところで、横宮先生。これって、文化祭の資料ですか?」
「そ、昨年までの文化祭の資料。学校側が作ったOB向けのパンフレットとか、生徒達が自主的に作った出店のチラシとか」
積まれたチラシの山が二つ。一開催分がどれ程のものかわからないが、過去何回分の資料があるのだろうか?
「これ、どうするんですか?」
「参考にするの」
「参考?」
和美の問いに頷きながら横宮は髪をかきあげ、苦笑した。
「文化祭ってね、もちろん生徒主体で行ってもらうんだけど教師陣にも担当ってのがあってね。今年の二年生の学年担当なのよ、私。毎年持ち回りでやってるのよ」
「へぇー、そんなのあるんですね」
「他の学校は、学年主任の先生がそういう行事ごと担当したり鍋奉行みたいな人がいたりするんだけど、うちの学校ってそういう率先する人がいないから。別に内申点みたいなのも特別手当ても無いしね。だから、持ち回り」
「あの、そういうの聞いちゃって大丈夫なんですか?」
「お手伝い特権、ってとこかな。高城さんが何も得しないのは頼む側としても申し訳ないものね。教師陣の内情知るのが得かどうかわからないけど」
そう言うと横宮はいたずらっぽく微笑んだ。横宮は教師陣の中では最年少の三十代で、歳も近く同性ということもあり和美は友達の様な感覚を持っていた。
「それで、もうひとつ聞きたいんですけど?」
「ん、なに?」
「なんでこの部屋なんですか? 職員室の先生の机じゃなくて」
和美たちが資料を運んだのは、校舎二階の奥にある第一会議室だった。
「ああ、ここね、ろくに使わないからね。一人で集中しやすいし。あと、この資料の山が自分の机に常にあるのはウンザリするじゃない」
第一会議室と名付けられたのは、職員室の近くに第二会議室を設けてからだった。部屋の大きさは変わり無いのだが、部屋の位置で利便性に圧倒的な差が出てしまい第一会議室は滅多に使われなくなってしまった。物置部屋にしてしまおうかという案もあるのだが、わずかな反対意見があり、結局そのまま会議室として放置されていた。
「一人で? 横宮先生、一人で文化祭のことやるんですか?」
「んー、そうなのよねー。まぁ、そんな大層なことはしないんだけどね。あくまでも生徒主体で行うってのが前提だから。今までの文化祭のルールとか当時の事故とか失敗とかを調べてね、こういう方向性で今年はやっていこうってルールとテーマをプレゼンする感じかな。教師陣と保護者の皆様に」
「プレゼンって何だかサラリーマンみたいですね」
「実際、サラリーマンだからね、教師って。安心安全で尚且つ継続して開催する意義もプレゼンする必要があるのよ。“青春の一頁だから”っていう単純な理由だけでは、もう押し通せないのよね」
面倒よね、と横宮は付け加えた。
「大変なんですね……」
「ああ、こんな話しといてなんだけど、あなた達はそんなの気にしないで青春の一頁として楽しんでね。こういうお祭り的な経験って下手すると大人になると味わえなくなっちゃうから、しっかり楽しめる時に楽しまないと」
和美は何とも返事する言葉が見つからず、頷くことで誤魔化すことにした。横宮のいたずらっぽい笑顔は、誰に向けたものだったのだろう?