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焼きそばパン大戦争  作者: 清泪(せいな)
第二章 カレーパン大闘争
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第二十六話 赤が始まる

 パンッ──。


 乾いた音が、売り場の空気を切り裂いた。


 音の方へ視線を向けた和美たち五人は、瞬時に凍りついた。買い物客たちの視線も同様に集中する。


 佐山が、岡田の頬を平手で叩いていた。


「アンタ、私、先輩よ!? 何様のつもりで口答えしてんのよッ!」


 怒声がフロアに響き渡る。怒りをぶつけるというよりも、己の怒りを誇示し、場を支配するような咆哮だった。


 和美の目に、佐山の瞳が赤く揺らめくのが映る。わずかに、けれど確かに光っていた。


 世界が止まったような、一瞬の沈黙。


 音も動きも、すべてが凍りつく。誰もが息を呑み、次の瞬間に何が起こるのかを待っている。


(……ダメだ、止めなきゃ)


 和美の思考が先に動き、体がそのあとを追いかける。鈍く重い体を前に倒すように、ぎこちない一歩を踏み出した。


 距離がある。間に合わない。それでも行かなくては、岡田を──。


「岡田さん、ダメっ!」


 その叫びよりも早く、岡田が怒声を上げる。


「てめぇ、何すんだ、オラァッ!!」


 佐山の胸元に蹴りが突き刺さる。体が跳ね飛び、陳列棚へと激突。商品が宙に舞い、床に散乱する。


 笠原の悲鳴が響く。その声を合図にしたように、場が一斉にざわつき始めた。


 和美が駆け出し、柳原と井野戸も後を追う。岡田は肩で息をしながら、倒れた佐山を睨みつけていた。


「何してんだよ、岡田さん!?」


「オイ、何やってんだ岡田!?」


「佐山、大丈夫!?」


 三人が岡田の背後から駆け寄り、羽交い締めのように押さえ込む。その直後、周囲の売り場から数人の社員が駆けつけてきた。佐山に駆け寄った女性社員が呼びかけるが、佐山は反応しない。


「何してんだって訊いてんだろ、岡田!!」


 怒声とともに、駆けつけた男性社員が岡田の顔面を殴りつけた。


 唐突な一撃に、和美たちは岡田を押さえていた手を離す。その瞬間、岡田が殴り返した。男性社員の鼻から血が飛び散る。


「ひぃっ……!」


 誰かの悲鳴が聞こえた。次の瞬間、別の社員が吠えるように怒鳴り、殴り合いに加わった。


 あっという間に、三人の社員による乱闘が始まる。


 和美たちが呆然と立ち尽くす間に、十数人の買い物客が周囲に集まってきた。


 乱闘する社員たち、倒れた佐山、心配する女性社員、集まる客たち──。

 全員の目が、赤く、光っていた。


(まずい──!)


 和美は強まる寒気を感じ、柳原と井野戸の手を掴んだ。


「えっ、何?」


「ここから離れないと、危険です!」


 柳原は頷き、井野戸は困惑しながらも和美に引っ張られて那間良と笠原のもとへ戻る。背後からは怒号が響き、暴力の音が続く。


「え、え、え、何コレ、何コレ、何コレ!!?」


 笠原が混乱と恐怖に震え、立ち尽くしていた。那間良が手を引くが、笠原の足は動かない。


「笠原さん、早く! 巻き込まれる前に逃げないと!」


 那間良が焦りの声で叫び、もう一度強く引いた。


 そのとき、倒れていた佐山のそばにいた女性社員が忘れ物の傘を手に取り、突如振り回した。助走をつけて、跳び蹴りを食らわせる。


 がしゃあん、と派手な音を立てて再び棚が倒れる。


 岡田に殴られた男性社員は、今度は客の老人に裏拳を叩き込む。女性客は鞄を掴み、別の社員に殴りかかる。


 中学生ぐらいの少年が男性客を蹴り飛ばし、白髪の老女が岡田の頬を叩く。


 異常な光景が加速するように広がっていく。


 他の売り場からも従業員と客が集まり、次々と乱闘に加わる。和美たちが設営したセンタースペースは、血と怒号と散乱した商品で埋め尽くされた。


(なんなんだ、これは──!?)


 和美の頭の中に、理解の追いつかない疑問が渦巻く。赤く光る目。寒気。異様な暴力。


 鬼だろうか?

 いや、それらしい気配はない。小鬼の気配すらも感じない。ただ、人々が狂ったように殴り合っている。


 それだけだった。


 警備員がようやく駆けつけたが、その姿を見て和美の背中に冷たいものが走る。彼らもまた、赤く光る目をしていた。


 そして、当然のように、乱闘に加わった。


「なぁ……これって、もう警察呼んだ方がいいよな……?」


 井野戸が震える声で携帯を取り出す。


「いや、それよりも今すぐここから逃げるべきだ。これはおかしい。普通じゃない……!」


 柳原はそう言い、井野戸に目配せを送る。その視線の先──


 笠原が、その場にへたり込んでいた。


 柳原と井野戸が左右から肩を入れ、無理やり笠原を引き起こす。怯えきった彼女の体を支えながら、四人で中央の出入り口へと向かおうとする。


 そのとき。


「おい、笠原さん、どこ行くんだいッ!?」


 エスカレーターの上から響いた声に、和美は顔を上げる。


 細身で背の高い男性社員──名札には三部(さんべ)とあった。


「皆がああして殴り合ってるのに、君だけ逃げようだなんて、バイトのくせに不真面目じゃないか。君も、ちゃんと殴らないと!」


「し、主任……!?」


 笠原が驚いて立ち止まる。それにつられて柳原と井野戸の足も止まった。


 その瞬間、何かに足首を掴まれた二人が、視線を下げたその隙に──


 鈍い音とともに、二人の体が横に吹き飛んだ。


 和美が三人の様子に気づき振り返ると、そこには拳を握りしめてにやりと笑う那間良の姿があった。

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