表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焼きそばパン大戦争  作者: 清泪(せいな)
第一章 あんパン大奮闘
19/146

第十八話 あんパン大奮闘

 咆哮。閃光。波打つ空間。そして──音もなく、光界は弾けて消えた。


 まるで時間が飛んだかのような一瞬の後、和美は気がつくと、家庭科実習室に立っていた。


「は、え?」


「ハエがどうかしましたか?」


 間の抜けた声を出した自分に赤面しながら、和美は隣に立つ西生奈菜に目を向ける。三つ編みに眼鏡、制服姿に戻った彼女が、首をかしげていた。


「いや、ハエじゃなくて……その、服もだけど髪型まで戻っちゃうんだね」


 疑問はいくつも頭をよぎったが、まずは目の前の変化に言及することにした。


「んーと、光界の中って、ちょっと現実とは別の認識の世界なんですよ。だから巫女姿に変わって、外に出ると元に戻るって感じですね」


 理解は追いつかないものの、説明には納得がいった。和美は鈍く頷きながら、教室を見渡す。瀬名と矢附が椅子に座ったまま机に伏していた。


「二人とも……大丈夫なの?」


「命に別状はありません──なんかドラマっぽいセリフですね、初めて言いました。……あ、ごめんなさい。二人とも鬼の影響が消えたことで気を失ってるだけです。疲れて眠ってる、って感じですね」


「そっか。じゃあ、目が覚めたら……驚くかもね」


 あまりに色々なことが起きた。いまだ現実感が薄い。もし帰って眠ってしまったら、「全部夢でした」と言われても納得してしまいそうだった。


「でも、その点は大丈夫です。鬼の影響で起きたこと──増幅した感情とか、そういうのは記憶から消えるみたいです」


「……消える?」


 そういえば光界に入る前、西生は「忘れる」って言っていた。説明を面倒がっていた理由が、なんとなくわかった。


「うーん、うまく説明できないんですけど……長い歴史の中で“人を守るためにそうなった”って理解してもらえればいいと思います」


「ってことは、瀬名さんや矢附さんだけじゃなく、あの場にいた他の生徒たちも?」


「ですね。影響が少ない人たちは眠ったりはしないけど、記憶の欠落が起きて、その部分はうまく辻褄合わせされるんです。今回のことも、おそらく“体調不良で倒れた瀬名さんが保健室に運ばれた”くらいに処理されるはずです」


「じゃあ……私や西生さんのことも忘れてる?」


「いえ、覚えてる人もいると思います。でも、記憶の一部が曖昧になるので、それぞれ納得のいく形で辻褄が合わされるんです。高城さんが瀬名さんを支えてたのも、私たちが廊下を走ってたのも、保健室に運ぶ途中だった……みたいに」


 全部を見ていたわけでもないのに、整合性を取るよう記憶が補完される。あるいは、たとえ全部見ていたとしても、そう補正されるのだろうか。人を守る仕組みだと言われても、やはり不思議に思える。だが、和美はとりあえず頷いておくことにした。


「……つまり、問題は解決したってこと?」


「“鬼の影響は解消した”というだけですね。その結果どうなるかは、これからの二人次第。心の問題なので」


「なるほど。わかった」


 一息ついて、和美は瀬名と矢附を見て頷いた。


「それで、この二人……保健室に運ぶ?」


「大変そうなのでやめましょう。私たちが見つかると、また辻褄合わせが面倒になるので、こっそり窓から抜け出しましょう」


「え? それはそれで“なんで家庭科室に!?”ってならない?」


「なります。でもそれも含めて、みんなの“答えのない疑問”になります。記憶の欠落があるから、“まぁ、何かあったのかも”って形で収まるんです」


 そう言いながら西生奈菜は軽やかに窓際へ歩き、慣れた手つきで窓を開けて足をかけた。


「ほら、高城さんも早く」


 和美も頷いて、あとに続く。


「高城さんが居てくれて助かりました。実は今回、私、一人でお祓いするの初めてで不安だったんですよね」


 窓枠を越えて奈菜が地面に降り立つ。上履きで土を踏み、ちょっと眉をひそめた。


「……もしかして、“難しい”って、そういう意味だったの?」


「はい。これまでは姉と二人でやってたんですけど、大体お姉ちゃんが主導だったので……今回は一人でできるか不安で」


 和美は窓枠にまたがったまま、思わず唖然とする。


「あー、不安が消えたら急にお腹すいてきちゃったなー」


 奈菜がお腹を擦りながら空を見上げた。つられて和美も見上げる。時計を見るのを忘れていたが、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


「ねぇ、西生さん。あんパン、鞄の中にあるんだけど……食べる?」


 実習机に提げたままだった鞄を思い出す。そういえば、何となく予感がして今日はひとつ多めにあんパンを買っていた。


「え、いいんですか? 昨日に続いてすみません、いただきます」


 流れるような口調で奈菜が笑う。


「あ、あと……“奈菜”って呼んでください、私のこと」


「じゃあ、私も“和美”って呼んでね」


 そう言って和美も地面に降りた。疲れていたせいかうまく着地できず、ふらついたところを──奈菜が手を差し出してくれた。


 その手を掴んで、和美は言う。


「ありがとう、奈菜」


「こちらこそ……えっと、和美」


 少し照れくささが混じったその会話のあと、二人は握手し、微笑み合った。──そして、奈菜のお腹がぐう、と鳴り、二人は顔を見合わせて笑いあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ