第十一話 コウカイ
和美と瀬名が西生奈菜のもとへ駆け込むやいなや、西生奈菜は振り返り、そのまま走り出した。
「西生さん、アレ、どうするの?」
和美は振り返る勇気もないが、背後の体育館には、小鬼が十数体ひしめいているはずだ。
「誘い出します」
「誘い出す? どこへ?」
和美の疑問に、西生奈菜は言葉を継ぐ前に瀬名が食い気味に割って入る。
「屋上? 人気のない場所に?」
「違います、矢附さんのところです」
「矢附? なんで矢附が関係あるの?」
瀬名の問いに、西生奈菜は迷いなく頷いた。
「矢附さんは、コウカイで待ってもらっています」
「コウカイ……?」
和美が聞き返した瞬間、西生奈菜は廊下の突き当たりを指差した。
一階の廊下の端、本来なら家庭科実習室があるはずの場所──そこに、眩い光の壁が広がっていた。
「光の結界。私たちは光界って呼んでます」
西生奈菜は、そのまま光の壁へと走り込んだ。
「わっ、待って……!」
和美は息を呑み、躊躇う間もなく後を追う。
手を引かれた瀬名は、訳も分からぬまま目を瞑って飛び込んだ。
──衝撃はない。
ぶつかるかと思った瞬間、光の壁に吸い込まれるようにして通り抜けた。
そこは、一面の白だった。
天井も、地面も、果てしなく広がる白。
どこまでも続く無機質な空間に、思わず足元を確かめる。
その中心に、ひとりの少女がいた。
「矢附さん……?」
矢附舞彩。
彼女は光の糸に縛られ、手足を封じられていた。
「え、西生さん……? 『待ってもらう』って言ってたよね……?」
和美の疑問に、西生奈菜は軽く肩をすくめる。
「待ってもらっとったよ? ちょっと荒っぽくなっただけで」
その声は、関西弁に戻っていた。
「……ちょっと待って。いつの間に巫女装束に?」
気づけば、西生奈菜の制服は真っ白な小袖と緋袴に変わっていた。
「結界に入るとこうなるんよ。便利やろ?」
「便利って、そんな簡単な話なの!?」
「それよりも、説明して!」
瀬名が和美の手を振りほどき、苛立ったように髪をかきあげる。矢附も、力なく目を開き、か細い声で言った。
「私にも……説明を……」
「鬼主や」
西生奈菜は、まっすぐ矢附を見つめた。
「矢附が、鬼を作り出した張本人ってことや。そんで、瀬名はその影響を受けた……《エサ》。」
「お、おにぬし……?」
「エサ……?」
瀬名と矢附が、一斉に和美を振り向く。
「いや、私に聞かれても……」
戸惑う和美を横目に、西生奈菜は淡々と続けた。
「最初は瀬名の方が鬼主かと思ったんやけどな。 でも、影響の受け方が異常やったから違うと判断した。つまり、鬼の発生源は……矢附、アンタや」
矢附が、ぎゅっと唇を噛む。
「ねぇ、高城さん。この娘、何言ってるの? おにぬしとかエサとか……!」
瀬名が苛立ったように和美の肩を揺さぶる。矢附も、涙を浮かべながら縋るように和美を見つめた。
「えっと……私から説明するとね──」
「いや、時間ないから説明省くわ」
「……だそうです」
和美は申し訳なさそうに首を横に振る。
「光界は安全地帯やない。ただの《隔離場所》や。小鬼らをここに誘い込んで、鬼を出現させる」
「鬼……?」
「もうすぐや。呼水が広がってきとる」
「……呼水?」
「さっきの黒い水溜まりや。あれは影響を受けたものから、さらに影響を広げる水。 ほっといたら、体育館の皆も《エサ》になる」
「待って、待って……!」
瀬名が必死に手を振る。
「結局、どうすればいいの!? 鬼を祓えばいいの!?」
「せやな。解決策は二つ──鬼を祓うか、鬼主の想いを解消するか」
西生奈菜は、指を二本立てた。
「解消って……どうやるの?」
矢附が、不安そうに顔を上げる。
「その方法も二つ──鬼主が改心するか、鬼主を殺すかや」
「──!!?」
「ま、まさか矢附を殺すの!? 正気!?」
「落ち着いて、瀬名さん! さすがにそれは──」
「本当に? じゃあ何で矢附を縛ってるの?!」
瀬名は矢附を見た。彼女は、黙って俯いたままだった。
「瀬名も縛る? そっちの方が話が早いわ」
「冗談でもやめて!!」
和美が怒鳴ると、西生奈菜はやれやれと肩をすくめた。
「ほな、時間もないし、決めるで。どうする?」