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焼きそばパン大戦争  作者: 清泪(せいな)
第一章 あんパン大奮闘
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第九話 監視役

 瀬名理花と矢附舞彩は、いつも一緒に行動している。幼なじみで、ご近所さん。クラスも同じで二人ともにバレーボール部に所属している。


「瀬名さんか矢附さん、どちらかが鬼主おにぬしなんですけど、今のところどちらなのか判別つかないんですよ」


 屋上で、西生奈菜はそう説明を続けた。


 鬼主についての話を聞いた和美は、早速行動に移ることにした。


 放課後、この時間ならバレーボール部が活動している体育館に行けば、二人ともいるはずだ。瀬名の方が呼び出しやすいか。矢附とはあまり話したことがない。


(引き離す、ってどれくらいの距離のことなんだろう?)


 細かく聞いておくべきだったな、と和美は慌てた自分を反省した。



「何、高城さん?」


 体育館では、部活動に励む瀬名の姿があり、すぐに呼び出せた。肩に下げたタオルで額から流れる汗を吹いていた。少し不満そうな表情を浮かべている。


「あれ、矢附さんはいないの?」


 和美は、体育館の中に矢附の姿がないことに気づいた。


「矢附に用があるの? 私じゃなくて」


「え、いや、そうじゃないんだけど……」


「矢附ならカウンセリングよ。齋藤先生のとこにいるはず」


「カウンセリング? あ、昨日も、齋藤先生と何か話してた──」


 和美の言葉に瀬名は眉を潜める。


「何? 《お手伝い》か何かで矢附が関わってるの?」


「あ、いや、そうじゃないんだけど……」


 和美は慌てて両手を振った。


「誤魔化し方下手じゃない、高城さん。それ、《お手伝い》に関して秘密守れてるの?」


「そうかなー、ははー」


 秘密が苦手、という弱点を指摘されて和美は苦笑いした。自覚はあるもののどうも端々に出てしまうらしい。


「カウンセリングに関しては……ここで話さなくてもすぐわかることね。噂にはなってるし」


 瀬名は髪をかきあげてくしゃと掴んだ。束ねていた髪を今はほどいていた。


「矢附はね、中学時代いじめにあってたからそれで今もカウンセリングを受けてるの」


「いじめ……」


「そう。私は中学生の頃、矢附とは関係性断っていたから詳しくは知らないんだけどね」


「関係性を断っていたって?」


「中学生の三年間クラスが別だったからね。元々ご近所だけど仲が良いって訳じゃなかったから、自然と。ただのご近所さんって感じ」


 マンションの二階と四階。上に瀬名、下に矢附。それだけの関係性。


「高校生になって、クラスが一緒になって、仲良くなった?」


「仲良く? なれるわけないじゃない」


 瀬名は嫌気に満ちた目で和美を睨み、そう吐き捨てた。


「先生に頼まれて仕方なくよ。いじめに合わないように見てやってくれって。つまりは、監視役よ」


「監視役……」


「内申点が良くなるならと引き受けたわ。登校下校を共にする、ただそれだけ。矢附は不登校にならなかったし、今は先生の言いなりだから私と同じバレーボール部に所属することになった。まぁ、ほとんどカウンセリングでいないけど」


 瀬名と矢附を引き離す。その意味を改めて考えながら、和美は屋上を見上げた。


「話、結局なに? 矢附のことなら以上だし、まだ足りないなら直接本人に聞けば?」


「あー、うん。色々とありがとう」


 和美が返事するや瀬名は踵を返しそそくさと部活動に戻っていった。


(それで、どうしたものか?)


 校舎から離れた位置にある体育館の入り口から一階にあるカウンセリングルームを見つめる。


 鬼主は矢附か。中学生の頃のいじめから溜まっていた鬱憤が原因とか。漫画ならよくありそうだな、と和美は思った。


 鬼主が特定出来たなら、引き離すという役割も終わりだろうか。特に二人を引き離すしてはいないけれど。


 屋上に戻れば、西生奈菜はまだいるだろうか?


 とにかく相談しよう。


 そう思い、和美が屋上へ続く階段へと足を向けた──その瞬間。


 背筋が凍りついた。 空気が、ねっとりと重くなる。

 聞こえる──。

 耳鳴りのような、細く震える音。遠く、遠く。けれど、確かに近づいてくる。


 ケタ、ケタ、ケタ……。

 笑い声。だが、それは笑いではなかった。何かが詰まったような、濁った喉の音。


 ペタ、ペタ、ペタ。

 跳ねる音。乾いた靴音とは違う。肉と床が貼りついて剥がれるような、不快な音。


 背後。体育館の方から、滲み出すように響いてくる。


 ──バキンッ!!


 甲高い音がした。何かが折れるような、不吉な音。


「腕がっ……腕がぁっ!!」


 和美は、体育館のバレーコートへ目を向けた。


 そこには、瀬名がいた。膝をつき、身体を震わせている。右肩を押さえ、目を見開き──

 何かを、見ていた。


「瀬名さんっ! どうしたの、大丈夫!?」


 周囲の部員が悲鳴をあげる。だが、瀬名は誰の声も届いていないようだった。


 白く引きつった顔。唇が震え、息が乱れ、まるで──


「食べられたっ……! 腕が、食べられたっっ!!」


 声が裏返る。


「な、何言ってるの瀬名さん! 右腕、ちゃんとあるよ!」


 部員たちは困惑し、瀬名の肩に手をかけようとする。しかし、彼女はそれを振り払った。


「食べられた……! 目の前で……あいつが……食べた……!!」


 叫びながら、瀬名は右肩を押さえたまま、震える手で何かを指さす。和美は、その先を見た。


 ──そこにいた。


 赤。青。緑。体育館の床の上で、三つの異形が、跳ねていた。

 小鬼たちだ。


 ケタケタと、口もないのに笑っている。

 クチャクチャと、口もないのに噛みしめている。


 瀬名のすぐそば。そこに──もう一人の瀬名がいた。

 青く半透明、透けている。だが、確かに瀬名だった。

 ただし、右腕が、無い。ぶらぶらと揺れる肩口には、歯型のようなものが刻まれている。


 「な……に、あれ……?」


 和美の喉が震える。


 青の小鬼が、その場で跳ねた。その動きに合わせて、瀬名のもう一つの影(・・・・・・)の欠けた腕が、わずかに揺れる。


 ──クチャクチャクチャクチャ。


 青の小鬼が、口もないのに咀嚼する音を立てた。


 瀬名を中心に、体育館の床が黒く染まっていく。

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