#7 剣術実技
さらに翌日。
その日は、授業が始まってもエルンの姿はなかった。
「エルンさん、どうしたんでしょうか…… やっぱり、その、ユアさんに……」
朝からずっとそんな調子のネム。しかし、特に何かできるわけでもない。
恐らく原因はユア。だから、ユアは当然、ネムやアストランティアでも、彼女を立ち直らせることはできないだろう。
ネムもそれを分かっている。だから、余計に心配なのだ。
「いや、何でもないです! 授業行きましょう」
考えても仕方がないことは、それ以上どうしようもない。切り替えて、次の三限目の授業に向かおう。
「剣技室だっけ?」
「そうです。第二校舎の二階ですね」
三限目は剣術の実技。実技の授業は楽だが、移動しないといけないのが大変だ。
頑張って剣技室へ移動すると、既に先生が待っていた。赤銅色の長い髪とあご髭が特徴的な人物、ジクヴァルト・ラウシュ。物腰柔らかで、生徒間での人気も高い。それでいて、剣術の腕前も高い評価を得ている。
「さて、そろそろ始めようか」
しばらくすると授業開始を告げる鐘が鳴る。
「これまでの剣術は座学を中心に進めてきたが、本日か――」
そう話すジクヴァルド。しかし、それは扉が開く音で遮られた。
「チッ、めんどくせーなァ」
押し込まれるように入って来たのは、長身の男子生徒。
「せんせ、すんませんね」
「ああ、いえいえ」
その男子生徒を連れてきたのは、事務係の使い魔だ。蔦が集合して人の形を形成しているもので、主に雑用をこなしているらしい。
「初めて見る子だね」
「確かにそうですね、誰でしょうか」
入って来た彼についてだ。ユアとネム以外にも、教室はそんな空気だった。
「はいはい、再開するぞ」
カシャンと籠手同士がぶつかる音。常に軽装備を着用している彼の特徴だ。
先程連れてこられた彼も、着席して、授業を受けるつもりはあるらしい。嫌な顔はしているが。
「今日はより実践に近い授業だ。これまでのことを思い出して、調子にのることなく、安全に授業を行うぞ。毎年けがをする生徒がいるからな、気を付けるんだぞ」
かなり真剣な口調。どうやら脅しではないようだ。
「まず、一人一振り、剣を渡す。《遊顕》」
その魔法を唱えると、それぞれ机の上に剣が出現した。
「《不傷》をかけてあるが、十分に注意して取り扱うように」
散々に注意されたために、触れることすら躊躇してしまう。
「まずはゆっくり鞘から引き抜くぞ。剣の重さに驚かないようにな」
ほとんどの生徒は、剣に触れることすら初めて。緊張の面持ちだ。
「重たっ、い……。こんなに重いんですか」
ネムなどは、剣を持つだけで歯を食いしばっている。
「よいしょ、っと。重たいね」
ユアの方が少し余裕があるが、彼にとっても重たいらしい。
「……」
「お、さすがティア」
「えええっ⁉ ティアちゃん⁉」
二人が隣を見ると、軽々と剣を持つアストランティアがいた。
「えっと、重くないの?」
「……ん、別に」
「す、すごいね」
もはや引き気味だ。
そんな調子でも授業は進む。
剣の握り方、構え方、振り方やらなんやら。ここまででネムは疲労困憊だ。アストランティアはまだまだ余裕そうだ。
しかし、はやりネムのように疲れ果てている生徒が大半。その様子を見つつ、ジクヴァルドは授業を切り上げることにした。
「今回はこのくらいにしておこうか。みんな疲れただろう、あとの時間は休憩だ」
それを聞くと、生徒たちはまるで亡者のような声を上げてへたり込む。
だが、中にはまだ体力に余裕のある生徒もいるようで、
「そうだ。まだ剣を振るう余裕のある者、どうだ、私と手合わせをしてみないか?」
ジクヴァルドはそう提案した。
しかし、疲れすぎて亡者と化してしまった生徒たちは、誰も名を挙げない。お前やってみろよ、とか、お前が行けよ、とか、そんなことを言っているばかり。
「ティア、どう? やってみたら?」
言われてキョトンとするアストランティア。しばらく考えたのち、
「……ん」
と答えた。彼女なりに、やってもいいと結論が出たらしい。
「おお、名乗り出てくれた君、やってくれるかい」
教室中の視線が集まる中、アストランティアは剣を携え、静かに立つ。
「すまない、この辺りを少し空けてくれないか」
彼女のそれを肯定と見たジクヴァルド。生徒を移動させて、十分な広さを作る。そこに向かうアストランティアは、まったくもって平然としている。緊張も興奮も、特にはない。
そして対面する二人。
「少しは手加減をした方がいいかな」
冗談交じりに彼は訊く。しかし、アストランティアは首を横に振った。
「しなくていい」
言いながら、彼女は鞘から刀身を抜く。鞘を脇に置き、改めて剣を構える。身長の低い彼女が構えると、剣自体がとても大きなものに見える。
「はははっ、これはこれは。……そう言うのなら、遠慮なくいかせてもらうよ」
ジクヴァルドも剣を構える。
お互いの視線がぶつかり合う。
「さあ、いつでも」
「…………」
次第に空気は緊迫していき、既にレクリエーションの域を越えつつあった。これこそまさに、真剣勝負。
その緊張感が増していく中、先に動いたのはアストランティア。
「ふッ……!」
一瞬で間合いを詰め、中段から薙ぐ。
「ッッ!」
予想外の速度に驚きつつも、それを受け止めるジクヴァルド。
「はァッ!」
その状態から少女の剣を弾き、強引に間合いを作る。そして上段から剣を振り下ろす――
「――私の勝ち」
少女の言葉を最後に、教室は静まり返った。
上段に構えたジクヴァルドだが、低身長を活かしたアストランティアがその懐に潜り込んだのだ。彼女の剣は、ジクヴァルドの胴に触れる寸前で静止していた。
「……いやぁ、参った! まさか負けるとは」
ジクヴァルドが負けを認めたが、あまりのことに生徒たちは呆然とするだけ。
「皆で彼女の力を称えよう!」
そう言ってジクヴァルドが拍手をして、ようやく静寂が去っていく。拍手や歓声を上げる者が増え始め、賑やかになっていく。
――ただ一人を除いて。
「ありゃァいい得物じゃねェか。ははッ、学園もわるくねェなァ」
2023/07/14 誤字訂正