#6 敗戦
翌日の放課後。再び模擬戦を開始する二人。場所も時刻も、前回と同じ。しかし、エルンだけは少し違った。
ユアへの対策を練って来たのだ。
恐るべき発想力。そして、それを実現できるまでの応用力。エルンとは違う方向性で、彼は強い。
だから、その魔法を完封する。
「《珠爆焔鎖》」
まず一手目。紅き魔法陣を展開すると、まるで蛇のような鎖が射出される。ただの鎖ではない。炎を纏った、超高熱の鎖。
「《防壁》」
しかし、それは容易に弾かれる。
「《弧鳥火》、《焦煙》」
二手目、三手目。対象を追尾する火炎弾と、目くらましの煙幕。
「《風斬気》」
斬撃を伴う風の魔法が、それらを消し去る。
「《炎柱盲壁》」
四手目。炎の障壁が立ち上る。それがユアを取り囲む。
「《水逗舞》」
水の魔法で炎の壁は相殺される。
しかし、それも想定内。エルンは既に五手目の魔法を放っていた。
「《炎殲亡無堕》」
炎の壁を抜けたユア。だが、その眼前にはもう、太陽が迫っていた。
反撃もできないほどにタイミングを調整した五手目の追撃。避けることも、相殺することもできないだろう。
直撃は必至。
太陽のごとき魔法が着弾。猛烈な質量の炎がユアのいた辺りを飲み込んだ――。
「なるほどね、結構危なかったかな」
「っ⁉ どこにっ⁉」
あれは避けられない、そう確信していたのに。ユアの声は炎の中からではなく、エルンの右方向から聞こえた。
「どうやってその距離を……?」
声のした方、ユアはそこにいた。しかし、あの一瞬でどのように移動したのだ。
「転移魔法……」
浮かんだ可能性。一度口にすると、それは確信へと変わっていく。
「まさか《転移》……? 衰退したはずの魔法をどうやって……?」
転移魔法の概念そのものは、現代でも残っている。設置型の転移魔法や、ユアの《暗繭転矢》などがそうだ。しかし、転移魔法のそれ自体、つまり《転移》の魔法は様々な要因で衰退。使用者はいなくなったはず。
エルンもその事実を知っているだけで、その術式までは分からない。それなのに彼は、一体どこでその術式を知り得たのだろうか。
「ところでさ、アレはルール違反じゃないの?」
新たな可能性の脅威に警戒するエルン。だが、ユアは指さすところを見て絶句した。
「結界にひび入ってますけど?」
丁度《炎殲亡無堕》が直撃した位置。そこの対魔結界に、確かにひびが入っていた。
この模擬戦のルールの一つに、対魔決壊を破壊してはならない、というものがある。結界のひびは、これに抵触するもの。
「僕の勝ち?」
「………………」
しかし、それにエルンは答えない、否、答えられなかった。
負けを認めることはできないから。負けたくはないから。
しかし、エルンに勝ち筋はない。なぜならもう――負けているから。
エルン以外のすべてが認めてくれない。みんなが負けを押し付けてくる。しかし、それは受け取れない。ジオグラスの魔女は、勝たないといけないから。
いろいろな圧力が、エルンを押さえつける。
動けない彼女を置いて、ユアは部屋を後にした。――これは、エルン自身が乗り越えるべき壁だから。