表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

#5 模擬戦という名の

「うぅ……恥ずかしかった」



 魔法実技の授業が終わり、教室へ戻る道中。赤面するネムは、手で顔を(おお)っている。



「魔法学園で魔法が使えないなんて、私だけです……」



 そう、先程の授業、ネムだけが魔法を行使することができなかったのだ。



「でも、ネムはその分、座学が得意じゃん」


「そうですけど……」



 彼女にとって、できることの自信より、できないことの不安の方が大きいようだ。ユアは真逆の性格のせいで赤点を心配されているようだが。



「それにしても、エルンさんはすごかったですね」



 羨望(せんぼう)の眼差しで、ネムは言った。

 ほんの少しの詠唱であれだけ巨大な火球を出現させた。見ただけでは何とも言えないが、《禍焔糾(ジ・リヴァ)》の魔法陣は非常に複雑なもののようだった。ネム(しか)り、他の生徒でもあの魔法を再現することは難しいだろう。


 エルンだからこそ行使することができた、超高火力の魔法。あれに()せられない者などいない。彼女に取り巻きがつくのも納得だ。



「そうだね、やっぱりエルンの方が素質ある気がする」



 お世辞などではなく、ユアの本心だ。しかし――



「――嘘よっ‼」



 廊下に強く響く声。怒気と哀情(あいじょう)に支配された叫び。


 弾かれたように振り返るネムと、それとは対称的に、平然と振り返るユアとアストランティア。

 案の定そこには、憎悪に満ちたジオグラスの魔女の姿があった。



「……どうして、本気でやらなかったの?」



 取り巻きたちも距離を置いてしまうほど、エルンの感情は溢れ出していた。



「あなたなら、容易に私より高い点数をとることができたでしょう?」


「でも、そうしたら僕は賭けにまけちゃうからね」



 ユアはエルンに賭けた。確かに、エルンが最も高い点数を出さなければユアは賭けに負ける。冷静に考えてみると、合理的な判断だ。プライドを度外視(どがいし)した、最も合理的な勝ち方。



「……悔しいけれど正論ね」



 彼女の雰囲気が変わった。落ち着き払って、それはまるで、いつものエルンのように思えた。



「今日の放課後、またこの教室に来なさい」



 そう言うエルン。しかし、いつもの毅然(きぜん)とした態度に加え、冷ややかな眼差しがユアに突き刺さる。



「放課後? 別にいいよ」


「ふふっ、待っているわ」



 これも平然と答えるユア。

 エルンの口角が密かに上がったのは、特に気に留めなかった。




* * * * *




 大変な一日がほぼ終わり、あっという間に放課後。

 ユアとアストランティア、そして心配性のネム。三人は魔法実技室に入った。



「早いね、エルン」


「私が呼び出したのだから当然でしょう」



 部屋にはエルン、そして彼女の取り巻きたちが待ち構えていた。



「それで、何の用?」


「単刀直入に、ユア、あなたに模擬戦を申し込むわ」



 そう言うと一歩、こちらへと近づく。



「私とユアの一対一。この部屋から出ない、この結界を破らない。それ以外の禁止事項は特にないわ。そして――」



 エルンはそこで一度、言葉を切ると、言い放った。



「――この模擬戦は、相手が負けを認めるまでよ」



 自信に満ちた笑みを浮かべるエルン。

 ユアは彼女の提案した模擬戦のルールを脳内で反芻する。この部屋からでなければ特に禁止事項はない。相手が負けを認めるまで続く、ということだ。



「あー、いいよ。やろう」



 まるで考えていない返事。もはやイエスマンだ。



「……後悔しないことね」



 取り巻きの中から一人呼び出すと、彼に審判を任せた。

 ユアとエルンが前に出る。


 エルンは完全に戦闘態勢。いつでも魔法を行使できる状態だ。

 対してユア。彼は一見すると、何の準備もしていないよう。まさにその通りで、本当に何の準備もしていない。立っているだけだ。



「模擬戦、始め!」



 審判役が手を振り上げ、模擬戦が開始された。

 先手を打ったのはエルン。即座に掌を正面に向け、魔法を行使する。



「《炎穿(フラマ)》! 《朱烈(ロウクエ)》っ!」



 二種の魔法陣が展開される。一方からは鋭い炎の魔力弾が。もう一方からは拳大の火球が放たれる。それぞれが異なる速度で飛来。ユアに波状攻撃を仕掛ける。

 広範囲に及ぶ攻撃に、しかしユアはゆっくりと腕を振り上げたのみ。防御魔法を展開するでもなく、対抗して攻撃を行うでもない。ただ腕を上げただけ。



「っ⁉」



 すると、エルンの放った魔法が、ユアに届く前に崩壊していく。波状に飛来するそれらすべてが、そこから消滅した。



「魔力の節約はいいことだけどね」



 余裕を含む顔で言うユアに、エルンは眼光を返す。


 彼の言う通り、最初は魔力をあまり消費しない魔法を選んだ。しかし、そのような魔法では簡単に対処されてしまう、とユアは暗に言っている。



「いいわ、それならっ!」



 魔力消費など気にしない。一気にきめる。

 この勝負で勝つ。勝たなければ、ジオグラスの魔女としての威厳が保てなくなる。ジオグラスの者は、常に上に立つ者でなければならない。だから、絶対に負けることはできない。


 両手を掲げ、これまで以上に魔力を注ぎ込む。持ち得る頭脳のすべてを稼働し、難解複雑な魔法陣を構築する。



「《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》っ‼」



 二つの魔法陣が繋がれ、一つになる。そこから現れるのは、まさしく太陽。その巨大さ然り、熱量然り。そして渦巻く太陽は無慈悲にもユアへと発射される。

 あれが直撃すれば、無傷ではいられない。ユアが軽く視ただけでも、相当、練度の高い魔法に違いない。あれは手で振り払った程度ではどうしようもない。



「エルンが本気出してくれたし、僕もちょっとだけ、――《暗繭転矢(クグ・メルシス)》」



 そう唱えると、赤紫の魔法陣が七つ展開され、それぞれ魔力弾を打ち出す。

 だが、魔力弾程度では、太陽は壊せない。火力不足だ。



「できる抵抗がその程度? 笑わせないで!」



 再び《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》を撃つ準備をするエルン。

 しかし、二撃目を放つ直前、ようやく彼女はその異変に気付いた。

 物凄い速度で、一撃目の太陽が収縮していいっているのだ。


 それに気付くと、エルンの本能が叫ぶ。――上だ、と。



「くっ……⁉」



 見開いた目には、無数の火炎弾が映った。まるで雨のように、火の球が降り注いでいるのだ。

 咄嗟(とっさ)に二撃目の太陽を上空に放つ。



「きゃああっ‼」



 無数の火炎弾とぶつかった太陽は、相殺され爆散(ばくさん)。消滅する。

 一体何が起こっているのか、当のエルンも理解が追いつかない。ただの魔力弾が《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》に対抗できるわけがない。



「何を、したの?」


「ただの転移魔法だよ」



 転移魔法、と彼はそう言った。だが、どのタイミングで発動した?

 そう自分に問うと、解った。



「あの魔力弾?」


「そうだよ。魔力弾に転移魔法の術式を入れ込んだだけ。意外と簡単なんだよね」



 つまり、転移魔法の術式が刻まれた魔力弾で、すこしずつ《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》を削り取り、エルンの頭上に転移させた。

 転移魔法をそのような用途で用いるとは、考えてもみなかった。恐るべき発想力だ。



「はあ、疲れたー」



 (きびす)を返すユア。エルンはそれを制止する。



「待ちなさい! まだ模擬戦は終わってないわ」


「えー、いいじゃん。友達なんだから、明日にしようよ。約束は破んないから」


「あ、ちょっと、ユアさん!」



 そう言い残して、ユアとネム、アストランティアは出て行ってしまった。

 しかし、これはエルンにとってもメリットはある。ユアに勝つための対策を()る時間が与えられたも同然。



「……ユア・イストワール、勝つのは私よ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ