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#4 賭けの勝ち方

 実技室は第二校舎の一階。大聖堂よりかは小さいが、普通の教室よりかは大きい。



「へぇ、なるほど」



 足を踏み入れた瞬間、ユアは張り巡らされた対魔結界に気付く。かなり高度な結界のようで、一年生程度の魔法では破壊は不可能だろう。



「ほ、本当にやるんですか……?」



 感心しているユアに水を差すのは、心配そうな面持ちのネムだ。小声なのは、エルン本人、または彼女の取り巻きたちに聞かれないため。



「相手はあのジオグラスの魔女ですよ?」



 名家であるジオグラス家。魔法の界隈(かいわい)ではその家名を知らぬ者はいないとまで言われる。歴代、非凡(ひぼん)な才を持つ優秀な魔術師を輩出。ここ、キャディアス魔法学園とも強い繋がりを持っているらしい。


 しかし、そんな相手でも、ユアは至って楽観的だった。



「大丈夫だって」



 先程からこの様子。

 まるで負けることを考えていない。それがユアの強さなのかもしれない。

 対して、観戦者枠のネム。なぜか彼女が人一倍、緊張して不安を抱いていた。


 何となくだが、ネムはエルンが賭けを持ちかけた理由が分かった。だから、彼女がユアを心配しているのだ。

 エルンは恐らく、ユアの手柄を目的としているのではないか。

 入学式にて、緑小鬼(ゴブリン)との戦闘。最終的には生徒側が勝利を収めたが、その決定打はユアの魔法。つまり、あの戦闘での功労者はユアだ。

 エルンは、それに嫉妬したのだろう。貴族身分の人間は、大抵プライドが高い。


 あの戦いでの立役者であるユアに、何らかのかたちで勝つことで、彼よりも強大な力を持っていることを証明したい。おおよそ、このような思惑(おもわく)だろう。



「…………」



 だが、確かにそうか。ネムは気付いた。

 ここで賭けから身を引けば、それは逃げたこととなる。ユアは賭けにのるしかなかったわけだ。


 実技室の少し奥、エルン一行の姿を発見。



「逃げずに来たわね」


「ま、授業だし」



 変なところで真面目なユア。確かに授業に出ることは大切だ。



「改めて、ルールの説明をするわ。例年、最初の魔法実技は簡易的なテストになっているの。そこでより高い点数を得た者に賭けていた方の勝ち。気になるところはあるかしら?」


「いや、ないよ」



 ルールは実にシンプルだ。

 このクラスの中で、誰が一番高い点数を出せるか予想する。その予想が的中した方の勝ち。ユアでも理解できるものだ。



「私が勝ったら、そうね。何も要らないわ」


「いいの?」



 勝っても何もいらないとは。ユアも驚くほどの優しさ。



「ええ、あなたは? 何を欲するの?」



 少し考えた後、答えた。



「じゃあ、僕が勝ったら友達になってよ」


「友達……?」



 まるで予想外だ。一瞬ユアが何を言っているのか、エルンは分かりかねた。


 このジオグラスの魔女に友達になれと、果たして要求するか。いや、間違ってはいないのか。確かに人との繋がりを持つことは大切だ。



「いいわよ。あなたが勝ったら、友人になってあげるわ」



 スムーズに進む話に、エルンの取り巻きたちはざわつき始める。



「え、エルン様の友達……⁉」


「そんなん俺たちだってなりてぇよ!」


「お前、絶っっっ対に勝つなよ!」



 と、ざわざわしている中、次のステップに進んでいた。



「私は私自身に賭けるわ」



 誰に賭けるか。それにしても彼女は強気だ。自分自身が最高点数を出せる。エルンにはその自信があるようだ。



「うぅん、誰にしようかな」



 次はユアが選ぶ番。


 魔法の能力の高さは、大抵は当人の技術、そして魔力量に比例する。技術は外見では測れないが、魔力量ならある程度は視ることができる。

 ざっと周囲を見回して、特に力のありそうな者を探す。



「じゃ、僕もエルンに賭けようかな」


「「「……は?」」」



 予期せぬ回答に、ほとんどの者から間抜けな声漏れる。

 だが、このクラスでユア自身を除いて最も魔力量が高いのはエルンだった。なら、彼女に賭けるのが妥当(だとう)



「待ちなさい、それじゃあ――!」


「授業を始めます」



 何か言おうとしたエルンだが、ミラリアの言葉に(さえぎ)られた。彼女とて、学園の生徒なのだ。授業が始まってしまえば、私語は慎むべき。だからなのか、彼女はそれ以上なにも言及してこなかった。


 ミラリアが説明した授業内容は、おおよそエルンの言っていた内容と同じだった。標的に向かって魔法を放ち、どれだけの力を持っているのか測定するためらしい。様々な測定テストはしてきたが、それら以上に精密な数値が得られるそうだ。


 順番に魔法を()っていく生徒たち。


 ユアの先に、エルンの順が回ってきた。

 彼女の顔に緊張はない。あるのは余裕と自信。


 華奢(きゃしゃ)な腕を持ち上げ、魔力を解き放つ――。



「《禍焔糾(ジ・リヴァ)》っ!」



 大きな赤橙色(せきとうしょく)の魔法陣が展開される。そこから人の(たけ)以上の火球が出現。獰猛(どうもう)に、無慈悲に、それは標的に食らいつく。炎は巻き付き、執拗(しつよう)以上に燃やし尽くす。


 あまりのすさまじさに、辺りは沈黙へと変わる。


 なるほど、これは。確かに他の生徒よりも強大な魔法だ。これがジオグラスの魔女と呼ばれる所以(ゆえん)なのだろう。



「…………」



 戻って来たとき、エルンが無言で(にら)みつけてきた。それも怒りを込めた。

 しかし、ユアはその意味が分からなかったよう。彼は「何だろう」程度に受け流し、平然としている。


 それもまた、エルンの感情を再燃させた。


 ユアがエルンに賭けた時点で、エルンだけが勝つ結果はなくなった。エルンが賭けに勝てば、ユアもまた勝つ。エルンが賭けに負ければ、ユアもまた負ける。


 ユアを負かすことは、できなくなったわけだ。

 思考を回転させ、どうにか勝ちへの活路を見出そうとする。しかし、それが見つかる前に、ユアの順番になっていた。



「《針檄(トルド)》」



 (てのひら)をかざすと、そこに一つの小さな魔法陣が展開される。そこから数個の魔力弾が放たれると、すべてが正確に標的を打ち抜いていく。


 しかし、それはエルンの魔法には到底及ばない。


 (きびす)を返したユアは、そのままエルンの下へ。



「僕らの勝ちだね」


「っ……!」



 だが、彼女の理性はまだ稼働(かどう)することができた。思い出されるジオグラスというプライドが、エルンを抑え込んだ。



「……そうね」



 奥歯を強くかんで、彼女は鐘の音を待っていた。

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