#2 面倒くさがりな彼
緑小鬼が相手ならサボっても構わんだろうと思ったのだが、どうも上手くいかなかったらしい。仕方ないと呟きながら、重い腰を上げたユア。
ひとまず飛んできた緑小鬼を打ち返しておく。ユアお得意の魔法が炸裂する。
「大丈夫?」
ひどく怯えている青髪の少女に声をかける。
「あ……はい」
「なら良かった」
恐る恐ると言った様子で答える彼女。
ひとまず彼女は大丈夫そうなので、視線を外す。そして代わりに見据えるのは、外壁の魔法陣たち。
軽く視てみると、それほど複雑なものではないようだ。このくらいなら、どうにかできる。
「まぁー、仕方ないか」
どうせ今回はサボれないようなので、面倒ごとになる前に手を打っておく。
「ほいっ、と」
宙を摑むように、手を握る。その手は何も摑めてはいないが、実は魔素を操っていた。
高密度で集合した魔素は、ユアの周囲に一六個。それは《魔召喚》の魔法陣と同じ数。そして、ユアが腕を振り上げると、その魔力弾が一斉に発射される。弧を描いて対象へと飛来する。
「《棘爆》」
魔力弾が魔法陣に接触する瞬間、ユアはまた別の魔法を唱える。魔力弾が針のように鋭く変形し、それが爆発。魔法陣に突き刺さる。
「うわっ⁉」
「今度は何だよ‼」
「どうなって……⁉」
ガラスが割れたかのような音。《魔召喚》の魔法陣が粉々になり宙を舞う。一六個あった魔法陣はすべて破壊された。
「すごい……」
傍らで声が聞こえた。先ほどまで怯えていた青髪の少女だった。かなり平静を取り戻したよう。
「そんじゃあ、後はよろしくね」
傍らの少女に言った。
「え⁉ わ、私ですか⁉」
しかし、まるでユアには届かない。
蹴飛ばされてしまった椅子を元に戻して、そこに座る。
「ふぃー、いい仕事したなぁ」
「まだ終わってませんよ!」
何か聞こえた気がしたが、まあいい。何せ、疲れているのだ。
それにしても、かなりうるさい。目を閉じても眠れそうにない。壁の模様でも数えていようか。
* * * * *
模様のカウントが二〇〇を突破した辺りで、学園長が口を開いた。模様数えに気をとられていたが、どうやら緑小鬼の討伐は成功したようだ。
所詮は緑小鬼。はやり、数が減っていけば簡単に倒せる相手だ。
「試験内容が少々手荒だったことは謝罪します。しかし、これがキャディアス魔法学園における『普通』です」
新入生たちは、肩で息をしながらその言葉を聞いていた。
しかし、その表情は明るい未来を期待するものではなかった。むしろ、その未来に目を背け、嫌っているよう。
その心情を読んだのか、それとも例年変わらずの台詞なのか。リューラは言った。
「この先にある生活に、覚悟が足りないと思うのなら、入学の辞退を認めます。辞退を希望する者は、速やかにここから立ち去りなさい」
大講堂はその響きさえも吸い込んで、しんとしていた。
だが、この静寂は決して心地よいものではない。恐怖の感情を孕んだ静寂。
今、感じている身体的疲労。そして精神的摩耗。これが今日限りのものならばまだよい。しかし、これが普通、日常的に起こるなど、耐えられたものではない。誰もがそう思っているのだ。
それでも、足が出口へと向かう者はいない。
皆、怖いのだ。ここでプライドが傷つくことが。
まさに恐怖の板挟み状態。どうすることもできないまま、時間切れだ。
「辞退者はゼロ。……では、その勇気を称え、本日よりあなたたちを本学園の生徒と認めます。七年後、あなたたちがどのような回答を提出してくれるか、楽しみにしていますよ」
そう言って、リューラは降壇した。
その後は、どこか気の抜けた雰囲気の中、式が進んでいった。『試験』のインパクトが強すぎたのだ、仕方がない。
この腑抜けた空気感のまま、閉式を迎えたのだった。