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#16 二人のエルン

「いてて……」



 上体を起こすに伴い、軽く痛みが背中を叩く。だが、それ以外は特に支障はなさそうだ。

 顔を上げると、ユアから少し離れた所に人影が二つ。二人とも眩しい金髪で、背丈も同じ。しかし奥の彼女は、まるで怪物のような左腕を携えている。


 二人のエルンだ。

 一人はユアが気付いたころにはいた。もう一人は、空から落ちてきた。

 まじまじと二人を見比べるが、その腕以外には特別違いはない。二人ともエルンに見える。しかし、本人ら曰く二人は違うよう。ユアにはわからないが。



「私たちはエルン・ジオグラス。ジオグラス家の十六代目よ。周りから期待されるために、私は『魔女』にならないといけない。たった一人のために『魔女』を捨てることはできない!」



 どうやら彼女の魔堕人(ヴィヴロス)の腕は、感情が昂ると激しく炎を噴き出すらしい。

 周囲の期待、ジオグラスとしての誇り。それに応えるための力として、『ジ

オグラスの魔女』が必要。彼女は、そう強く訴えた。



「――あなたはそれでいいの?」



 しかし、もう一人のエルンは至って冷静。少し哀し気な眼で、もう一人の自分を見る。



「どういうことよ?」


「見えない誰かのために、自分を騙し続ける。私はとても辛いわ」


「っ!」



 隠していた本心を言い当てられたかのような、そんな驚き。



自分(あなた)のことだから分かるわ。あなたも、――誰かに褒められたいのでしょう?」



 エルンのその声音は、ユアがこれまで聞いたどの声よりも優しく慈しみの籠ったものだった。



「っ……‼ そんなことないわッ‼」



 そう必死に否定する。しかし、その必死さはかえって肯定を示している。



「いいえ、そうよ。(じぶん)に向かってつく嘘ほど無意味なものはないわね」



 余裕を含む笑みで、エルンはもう一人の自分を見つめる。

 そしてこの時点で、エルンは魔堕人(かのじょ)を超えた。正確には、失われたエルンが還って来た。その証拠に、この領域に色が付き始めた。



「水が……⁉」



 地面から水が染み出してきたと思えば、すぐに大海を成す。そこにいた三人は、海の上に立っているという状態。



(あなた)に必要なものは、素直さ。(あなた)なら、さっさとその弱いところを認めなさい」



 そう言って、彼女は一歩海の上を歩いた。その足は、まったく海に沈むことなく、しっかりとエルンを支えている。



魔堕人(わたし)に弱いところなんてない!」

 


 急激に空間の魔素が渦巻き、魔堕人(エルン)の頭上に集結する。それが一瞬で魔法陣を形成する。



「エルンっ!」



 それに警戒色を示したユアは、そう忠告を叫んだ。

 しかし、エルンは軽く手を向け、大丈夫だと伝える。



「《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》」



 出現した巨大な太陽。それがエルン目指して真っ直ぐに飛んでいく。魔堕人(かのじょ)が撃てる最大火力の魔法だ。



「……はあっ!」



 エルンは高く手を振り上げ、その意思を領域へと伝える。

 それに応じたこの世界は、大海より水の壁を隆起させる。その壁は非常に巨大で、二人のエルンを隔絶するかのような大きさ。壁の端が見えぬほどだ。


 そして、水壁は完全に太陽を受け止める。容易に蒸発してしまわないのは、常に水が供給され続けるから。

 物凄い速度で威力が削がれていく太陽。次第に収縮し、消滅する。それが確認できると、エルンも壁を解いた。



「私の方が強い。ほら、弱いところを認めなさい」



 言いながらエルンは距離を詰める。

 それに圧倒された魔堕人(かのじょ)は、自然と少し後ずさる。しかし、エルンが一歩踏み込むだけで簡単に追いつく。



「別に魔堕人(あなた)が邪魔っていうわけじゃないわよ? 私には必要な要素でもあるし」


「っ⁉」



 エルンは特別なことを言ったつもりはないのだが、魔堕人(かのじょ)は少し驚いた様子だった。



「あなたは、弱いままでいいの……?」



 彼女はそう訊いてきた。



「いいわけないでしょう。弱者は切り捨ての世界よ」



 辛辣な返答だ。彼女らしいといえばそうなのだが。

 ただ、まだ続きがあった。



「でも――あなたは弱者じゃないわよ」



 それは、エルンが魔堕人(かのじょ)を、自分を認めた言葉。

 お世辞でもなく、ただ単純にその力が強いと言っただけ。実際、この領域でなければ、エルンも《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》を防ぐことはできなかった。



「そもそも、弱点のない存在なんてありえないから」



 一言、そう付け加えた。



「…………」



 魔堕人(エルン)は何も言わない。いや、魔堕人(かのじょ)は泣いていた。

 どうして泣くのか。エルンも痛いほどに解った。誰にも褒められず、誰もに認められず、お前はまだできるだろうと常に期待される。ずっと独りだった。

 でも、今は独りではない。周りには仲間がいる。エルンの弱い部分は、彼女の強い部分が支える。もう、独りではない。



「――――」



 魔堕人(かのじょ)が何か言った気がした。しかし、それを聞く前に、魔堕人(エルン)は黒い塵となって、宙を舞う。

 それがエルンに吸い込まれたかと思えば、領域にひびが入り、この領域も崩壊した――。




* * * * *




 ユアが目を覚ましたとき、傍らには傷だらけのエルンが倒れており、周囲には見知った先生が何人もいた。


 どうやら、《根源繋採訣(リネクト・ヴェルジ)》による領域が崩壊した後、現世に戻された。そしてユアはすぐに目を覚ましたのだ。

 薄っすらとした記憶を手繰り寄せると、次第に思い出す。

 二人のエルンと、大海となった領域。そして黒い塵となった魔堕人(エルン)。その魔堕人(かのじょ)の存在が、ユアの視た『黒いカタマリ』であろう。


 魔堕人(エルン)、黒いカタマリが消えたことで、《根源繋採訣(リネクト・ヴェルジ)》の必要がなくなった。領域が崩壊した、ということか。

 それにしても疲れた。このまま寝て、保健室にでも運び込まれてしまおうか。そうしようか。今日は疲れた。

 続きは、また明日でいいや。

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