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#15 もう一つの火種

 瞼の向こうに眩しさを覚え、目を開けると、そこは懐かしい部屋だった。

 一人部屋にしては広く、少し寂しい。それを隠すために、壁一面の本が仕舞われている。まだ数カ月しか経っていないのに懐かしさを覚えるのは、この場所が強く心に残っているからだろうか。

 エルンの自室だ。


 しかし、どうしてここにいるのだろうか。キャディアス魔法学園に入学し、寮で生活していたはずなのに。


 ぱたっ、と本棚から一冊の本が落ちた。

 比較的新しい、緑の表紙の本。題名は、『貴女の中の魔女』。

 おかしい。エルンの部屋には、魔術理論や算術の教本。そういった類の書物ばかり。その中に、まるで物語のような題名の本があることは違和感を覚えざるを得ない。

 果たしてこのような本はあっただろうか。その疑問から、彼女は本を開いた。



「何、これ?」



 そこには、物語はおろか、文字すら書かれていない。ページをめくっても、あるのは空白の紙だけ。

 表面は綺麗に本らしく整っていたが、中身はただの紙。



「どうしてこんなものが……?」



 しかし、あるページに辿り着くと、彼女の手が止まった。



「ユア? それに、――私?」



 そこには、ページ一面に絵が、否、絵ではない。映像が、映っていた。

 ただ白が続くつまらない世界に、ユアともう一人。外見はエルンで間違いない。しかし、エルンはここにいる。自分自身が証人だ。

 それに、彼女は直観的にそれが自分とは確実に違う存在であると気付いた。自分はここにいるから、という理由ではない。何かが違う。

 だが、その何かは分からない。あくまでただの直感。


 その映像を眺めていると、どうやら二人は会話をしているらしい。音声が聞こえないため、分からなかった。

 映像の中のエルンが何か言っている。



「うわ……」



 と、思えば、惨めに泣き叫んでいる。絶対に自分ではないと確信した。慢心ではない。

 しかし、彼女は一体何なのだ。エルンのようでエルンではない。それに、この場所や映像が流れる本のこと。分からないことが多すぎる。

 何か手がかりはないかと、とりあえず本から顔を上げる。ひとまず部屋の中を見回してみる。だが、特に変わった点は見つからない――



「あれは……?」



 いや、一つだけ見つけた。

 部屋の隅に置かれた学習机。昔はそこで、噛り付くように勉学に励んだものだ。だから、はっきりと気付く。その机の上に食事があることの違和感に。

 ここで食事をとったことはない。そもそも食事がここに運ばれて来たこともない。それに加え、盆に乗ったその食事は何とも庶民的。普段エルンの家で出されるようなものではない。


 しかし、その食事たちに見覚えがあった。

 学園で見たもの。あの時、ソニアが部屋まで持ってきてくれたもの。



「記憶の混在……、夢の中に近い何か……」



 あくまで、ここは夢の中ではない。意識が余りにもはっきりしている。

 そうなると、夢に近しい何か。エルンの知識に、一つだけ当てはまるものがあった。



「――心象具現領域」



 心に浮かぶ風景を世界として具現化する、領域魔法の亜種。

 仮にそうだとすると、この風景から考えるに、領域の主はエルン。

 しかし、エルンに心象具現領域を展開できるほどの技術はない。魔堕人(ヴィヴロス)となって、魔力量が増えたとしても、技術がなければ発動できない。

 領域の主はエルンだが、エルンは領域を展開できない。



「ユアが代わりに領域を展開した、ということ?」



 代理で魔法を行使するなど、聞いたこともないが、彼ならやりかねない。常識や理論に囚われない魔法。

 ――もしかしすると、私にはそれが必要なのかもしれない。

 以前は、彼のその特徴が憎たらしく思うばかりだった。しかし、今は違う。素直にその発想や技術が羨ましい。



「…………」



 いや、羨んでいるだけでは無意味だ。それに向かって、行動しなければ。



「っ⁉」

 


はっと視線を本に落とす。

 そこには、先ほどと何ら変わりのない二人が映っている。しかし、本を見ているエルンには、それが平常だとは思えなかった。

 本の中に映っていたエルンは、姿形こそは変わりないが、その雰囲気は怪物そのものだったのだ。

 何か根拠があるわけではない。エルンの直感。

 だが、それは確かに彼女の感じ取ったものであり、焦燥へと変化した。



「ユアッ! それは私じゃないわ!」



 あれはエルンではない。エルン・ジオグラスの着ぐるみを着た怪物だ。



「ユア! 聞こえていないの⁉ ユアッ‼」



 向こうからの声も聞こえなかった。こちらの声が届いていなくとも不思議ではない。

 しかし、このままでは平行線を辿るだけだ。何か方法を考えねば……



「っ⁉ 本が……」



 丁度のそのとき、背表紙が外れたように、本のページがはらはらと散っていった。すなわち、ユアたちの様子が分からなくなった、ということ。



「ずっとここにいるわけにはいかないわ。どうにかして、ユアの所まで行かないと」



 役目を終えた白紙たちは、床に乱雑に散らばっている。

 だが、エルンは部屋の扉を見ていた。自身の心が言っている。――お前は今、ただのエルンだ。何にも囚われていない、と。

 疑似的とは言え、この領域はエルンのものだ。ある程度は彼女の自由に書き換えることができる。


 自由な発想。

 この扉の向こう側に、本の映像がある。ユアともう一人のエルンがいる。

 強くそうイメージする。頭の中で何度もつぶやく。そして、扉を開けた。



「え?」



 青い空。青い海。穏やかで、しかしはっきりと主張してくる波の音。すなわち、ここは大海原のど真ん中というわけだ。

 やはりこの領域は完全ではないのかもしれない。エルンが上手く操れていないあたり、その可能性が高い。

 どうするか考えよう。一度、扉を閉めて、またイメージするか。しかし、果たしてそれは効果があるのか。



「どうすればいいのよ……」



 呆れたように上を向く。雲一つない快晴は非常に眩しい。目を向けたはいいものの、どこに視線を合わせようか――



「――まったく、どういうことなのよ」



 彼女の頭上には、ようやく望んだものがあった。

 眩しい青空を仰ぎ見る。雲よりも高いであろうそこに、ユアともう一人のエルンがいた。

 空中のどこかで線対称になっているようで、エルンから見ると、二人は空に足を付けて立っているように見える。

 一応、望んだ場所には繋がった。

 だが今度は、どうやってあそこまで行こうか、という問題点が浮上する。

 どこから重力の向きが切り替わっているのかが不明。無闇に部屋から出て海に飛び込んでも、その先はどうしようもない。何か策が必要だ。



「この海の水の上を、歩けたのなら……」



 ぽつりと出たつぶやき。それを実現させようとは思っていなかった。

 しかし、この領域はそれに応えた。



「きゃっ‼」



 勢いよく海水が上方向に噴き上がる。突然のことで目をつむってしまったのだが、目を開けると、そこは水の中のようだった。扉の外はすべて青色。そして驚くべきことに、扉の出口からは水が階段を形作っていた。

 ここを行くしかない。そう思い、恐る恐るその水の足場に踏み出す。



「沈まない?」



 ゆっくりと足を付けたのだが、それはしっかりとエルンの体重を支えてくれる。反魔法の応用が発動しているのか、水でも沈まないようになっているのだろう。

 ゆっくりと、しかし速足で、エルンはその幻想的な階段を上って行った。




* * * * *




「《禍炎糾(ジ・リヴァ)》!」


「《防壁(ラルオル)》っ」



 エルンは獰猛な火球を。対してユアは魔法障壁を展開する。



「っ! 《防壁(ラルオル)》!」



 しかし、その火球は魔法障壁に絡みつくように形を変え、ユアを狙う。さらに《防壁(ラルオル)》を展開し、強引に炎を防ぎきる。

 戦況は見ての通り、芳しくない。そもそも、ユアにとって相手が悪い。ユアはエルンを攻撃することなどできないからだ。

 しかし、エルンは容赦なく魔法を行使する。

 溶岩の輝きが所々で露出する巨大な左腕。それを易々と振りかざし、また魔法陣が構築される。



「《弧鳥火(ユーティア)》」



 巨大な鳥を模った炎が六つ。ユアめがけて滑らかに来襲する。

弧鳥火(ユーティア)》の魔法は、以前にも受けたことがある。そのときは《風斬気(ソル・ウト)》で相殺したが、今回はそうもいきそうにない。

 巨大かつ、莫大な魔力を元に作られた炎の鳥。生半可な魔法では、簡単に燃やされてしまう。



「《暗繭転矢(クグ・メルシス)》っ!」



 被弾した対象を転移させる魔力弾。それを無数に放つ。

 やって来る炎の鳥。その翼に魔力弾がぶつかると、そこが消え去る。蝕まれていくかのように、次々と転移させられていく。

 そしてその炎は、地面に転移させられる。この白い床に転がり、やがて消えた。



「――ユア、私はあなたに勝たないといけない」



 確かに、勝負事で負けるのは悔しい。それはユアも共感できる。でも、エルンが言っているのは、そういうことではない気がした。



「どうしても、あなたに負けるわけにはいかない。――ジオグラスの魔女として」



 禍々しく肥大化した左手を天に掲げると、ユアに向けて魔法陣が四つ展開された。

 今更のようだが、ユアが相手にしているエルンは、以前とは比べものにならないほどだ。魔法陣の構築速度は、ユアに匹敵するか。そして魔法自体の威力も大幅に増大している。まるで、――魔堕人(ヴィヴロス)と戦っているよう。



「《炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》」



 魔法陣がそれぞれ二つずつ繋がれ、その魔法を成す。出現した二つの太陽は、殺意の炎を纏い、ユアを襲う。



「《大魔反壁(リグリアド)》ッ‼」



 壁一枚では足りない。七枚の魔法障壁を多重展開し、太陽を受け止める。しかし、受け止め切れるか。最初の一枚は容易に燃え尽き、二枚目、そして三枚目と続く。ユアの想像以上に太陽が強烈だ。四枚目も破壊され、残りは三枚。

 二つの太陽が接近するにつれ、空気が熱くなり、呼吸が苦しくなる。だが、それでは止まない。また一枚と障壁が壊される。残り二枚。

 反撃を……。いや、したところで、だ。


炎殲亡無堕(アゼフ・グレジア)》を受け止めているだけでも手一杯な状況だ。魔法を撃てたとしても、簡単なものしか撃てない。それでは、凶悪な太陽を砕くには至らない。



「ッ……」



 そうこうしている内に、一枚、障壁が破壊された。残りは、一枚だ。

 最後の一枚が壊されたときには――



「仕方ないか……っ」



 その未来に対しての覚悟はできている。

 薄っすらと、魔力出力を《大魔反壁(リグリアド)》から『それ』に切り替えていく。そして、最後の一枚が――――



「ユアッ‼」



 彼の頭上から放たれた声。はっと頭上を見上げると、そこには彼女の姿があった。

 煌めく金髪に、琥珀色の瞳。エルンが、大量の水と一緒に落下してくる。



「お願い……っ!」



 彼女の白く細やかな腕を、精一杯にこちらへ向け、意思を伝える。それに領域は応え、水は幾つもの槍となる。数百、もしかすると千を超えるかもしれない。

 それらが降り注ぐのは、ただ一点。獰猛で無慈悲な太陽へと、雨の如く向かっていく。

 当然、太陽と水では太陽の圧勝。水の槍も次々に蒸発していく。しかし、その光景はまさに数の暴力。水槍は次第に太陽の熱を削っていき、そして――



「うわっ!」



 ユアの最後の魔法障壁の破壊をもって、太陽は爆散。衝撃でユアは吹き飛ばされるが、最小限の被害だろう。

 そして、水蒸気となって空気中に散った水たちは、再び集結する。それが大きな水の塊となり、落ちてくるエルンを受け止めた。



「……今更、何をしに来たの?」



 左腕から炎を噴き上げ、彼女は問う。ユアではなく、もう一人の自分に向けた問い。

 自分のことだから解る。エルン・ジオグラスという存在は、すなわち『ジオグラスの魔女』である。もう、エルンではない――



「私は、エルン・ジオグラスよ」



 真っ直ぐに目を見て、彼女はそう答えた。何の迷いも、後ろめたさも、躊躇いもない。



「っ……。あなたも解っているでしょう。誰もが期待するのはこの『魔女()』なのよ!」


「――違うわ」



 そう言った彼女は、少し微笑んだ。



「誰もがあなたに期待している? いいえ、違うわ。少なくとも一人は、『エルン()』のことを見てくれているわ」



 笑顔が似合わない自覚はある。だから、さらに笑ってしまう。だが、それほどに余裕があるということ。すべては、彼の存在のおかげ。



「ユアだけは、私を認めてくれる」


「ふっ、らしくないわよ」



 二人して、似合わない笑みを浮かべ、そこに新たな火種が生まれつつあった。

2023/07/19 ルビ振りの修正、誤字訂正

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