#12 魔堕人と先生
その外見は、人とは言えないものだった。
左半身は炎に包まれ、それから覗く手足は人のそれではない。辛うじて人型を保つ右腕と顔面は、しかし、大部分が焼き爛れてひどいものになっていた。
恐らく、魔堕人としては完全体ではない。八、七割ほどか。しかし、魔堕人は魔堕人だ。油断はできない。
ミラリアが魔堕人と、面と向かって戦うのはこれが初めてだった。だが、負ける気はなかった。恐怖もなかった。不安も心配も緊張も、なかった。この場にそれらは不必要。ただ、生きるか死ぬか。その選択肢があれば良い。
「ガアアァァツッ‼」
こちらを認めた魔堕人、基、エルン・ジオグラスは、再び咆哮を上げ、炎を爆発する。
それに合わせ、ミラリアも魔法で防御する。相手との間合いを考えると、少々遠すぎる。防御しつつ、炎の切れ間を狙って前進する。
剣よりかは間合いを気にする必要はない魔法だが、それでも有効な射程というものがある。それよりも遠いと効力が弱まり、近いと相手の攻撃を受けやすい。相手の間合いを考慮しつつ、魔法効果が最も発揮される。それが魔法戦における『間合い』。
若くしてこの学園の教師となったミラリア。彼女は当然のようにその間合いを把握する。
「《殲焔砲》」
その詠唱で展開された魔法陣は、およそ二〇。それらから火炎の砲撃が繰り出される。砲撃の集中砲火は、普通であれば耐えられない。灰を遺すことが関の山だ。
しかし、魔堕人は、今のエルンは普通ではない。
「ヴゥアアアァアァッ‼」
噴煙の舞う中、太陽の如き灼熱を伴う熱線をまき散らし、ミラリアへと強引に反撃。しかし、相手を見据えていない乱暴な攻撃など、彼女に掠ることもない。魔法を展開するまでもなく、それらを回避する。
「《水廻禍》」
続いて展開したのは、先ほどの《殲焔砲》よりも大きな魔法陣。それが五つ。
魔法陣から顔を出した水の刃は、高速で魔堕人に接近。その刃は魔堕人の肉体を切り刻む――
「……そうなるか、なるほど」
その結果から、少々相手が厄介であると判る。水の刃は、その炎の身体に触れる寸前に崩壊。正確にいうと蒸発したのだ。
ミラリアは今、あることを試していた。『差弱論』というものだ。
簡単にいうと、『最も有効な属性』引く『最も有効ではない属性』。これを算出すると、対象の最大の耐久値が求まる。
実際は詳しい数値から計算するのだが、今回は目測。しかし、奴のそれはほぼ差がない。すなわち、奴の防御値はかなり高い。いや、正確には攻撃が直撃しないだけなのだが。
相手は未完成の魔堕人。人間が残っている部分ならば、直撃を条件に確実にダメージを与えられる。
大きな課題は、あの炎。あの熱量さえどうにかすれば、倒せない相手ではない。
持久戦か、それとも不意打ちか。――いや、違うな。
「《大瀑砲》」
魔法陣七つ。高圧の水流が発射される。
対するエルン。火焔球を放ち、その魔法を散らす。ミラリアの魔法は、エルンには届かない。
しかし、それこそが狙いだった。
水蒸気となった魔法は、互いの姿を隠す。相手の詳細な情報が分からないとき、エルンは先ほどと同じ熱光線を散乱する。
ミラリアの口角が上がる。予想通りだ、と。
魔術師にも、『癖』がある。そして、『癖』のほとんどは自覚がない。無自覚下で思考と身体が動いている。だから、魔堕人にも『癖』はある。ましてや、理性の薄れた魔堕人ほど、行動は単純化していく。
一度見切った技だ。先ほどよりも余裕がある。
魔法陣を地面に構築、起動する。
「《地昇刺穿》」
なかなかに複雑な魔法陣が、輝きを放ち起動する。その魔法は大地に作用し、地殻を隆起させる。
「ッ、アアアァァァァアッ‼」
針山のように隆起した地面は、見事に魔堕人を貫く。しかし、避けられたか。致命傷にはならない。右腕に貫通し、動きを制限しているに止まる。
それでも、動きを封じることができたのは大きい。このままさらに行動を制限して――
「グアアァァアッ‼」
ダメか。
右腕を振りかざし、魔堕人は拘束していた岩の針を半ばで折る。
大した耐久性はない。だが、生半可な魔法を突破できるほどの攻撃性を備えている。それ即ち、一撃にどれほど威力をのせられるかが重要だ。
そうなると、他の先生方も居てくれた方が心強いのだが。
「「「《大瀑砲》」」」
ミラリアの詠唱ではない。
そちらを向くと、魔法陣が何十と展開され、それらはエルンを照準に捉える。魔法陣が起動したかと思えば、超高圧の水流がエルンを襲った。
その暴力的な濁流に呑まれた魔堕人。悲鳴すら聞こえない。
「ミラリア先生‼」
そこには、学園の先生方のほとんどの姿があった。
ミラリアの不敵な笑みは即ち、反撃の合図だった。




