未来
あれから4年近くの月日が経過した。
俺は今、言語聴覚士になるための国家試験を受けるため、大学に通っている。
「おーい、まちやん! 今日もカラオケ行かねえの?」
「ごめん! 今日も会いに行かなくちゃならないから!」
「ヒューッ! 相変わらずお熱いことだねえ」
「うるせえ。あっノート明日返せよ!」
「うぃーっす」
俺は大学に通いながら、放課後は咲楽のリハビリに付き合うのが日課になっていた。
復学した咲楽は、もうすぐ普通科高校を卒業する。
「咲楽」
公園で待ち合わせをしていた咲楽に手を振って、呼びかける。
咲楽も20歳を迎える頃だけど、なかなかどうして、制服がよく似合っている。いや、むしろようやく高校生らしく見えるようになってきたと言うか……。
「まー、も、くん」
咲楽はまだ、前と同じように話すことはできない。
4年前、病院で再会した時は話すどころか、日本語を操ることすら困難だった。
俺の名前も……言葉にすることができなかった。
「おう。今日の持久走どうだった」
「つ、かった。じきゅ、きゅ、きゅ、走るやつ、なく、なれはいい」
「ははっ。多分全国の中高生全員が同じことを考えてるよ」
けど、少しずつだけど、回復の兆しを見せている。
それに、今はもうあの世界に行く前のような囁き声ではなく、しっかり声を出して話している。
「ま、ま、まも、くんは、たん、た、たた」
「単位?」
「たんい、大丈夫、そう?」
「バッチリ。多分俺主席で卒業するんじゃないかな」
「あはは。ま、もるくん、あい、い、い、つも、頭良いから」
咲楽の両親には、まだ彼女の本心を全て伝えてはいない。
咲楽が自分の言葉で話せるようになった時に、たくさん文句を言ってやろうというのが今の目標だ。子どもの頃の誕生日プレゼントのこととかな。
だけど、咲楽の両親もリハビリにはかなり献身的だから、咲楽が4年前まで思ってたみたいに無関心だったわけではないらしい。
俺と叔母さんみたいに、話し合えば、きっとまた家族みんなで楽しく過ごすことができるだろう。まあ、もうすでに楽しそうにしているのは何度か見ているんだけど。
「お、ばさん、近所で、よ、よく自慢し、し、するよ」
「マジか。そういうのやめてほしいなあ、まったく」
「でも、まも、もくん、嬉しそう」
叔母さんは、何と言うか、大分過保護気味になっている。嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、俺の中で遅めの反抗期が芽生えてしまいそうで困っている。
「咲楽はこれから大学生活で不安なこととかないか?」
「うーん、な、な、なし」
「おお」
「だって——」
咲楽が一歩踏み出して俺の前を歩く。
風が吹き、彼女が長く伸びた黒髪を靡かせながら、振り向いて言った。
「真守くんが、一緒にいるから!」
——あの日見た縄が、どこかで解けたような気がした。
「お姉ちゃーん! 真守さーん!」
「あれっ、奏楽ちゃん。今日は追試だって咲楽から聞いたけど」
「ふっふっふー、安心してください! 真守さんのノートのおかげでバッチリですよ!」
鞄から取り出した追試の解答用紙を取り出して、100点の文字をデカデカと見せてつけると、グッと親指を立てた。
「もう次はやらないからな」
「またまたそんなこと言ってー、真守さん激甘ヤバ男だからなぁ〜」
「うんうん」
「おい」
「あっ、そうそう。今日のお二人さん、星座占い1位と2位でしたよ。良いことあるんじゃないですかね」
「私はせ、せ、う、うらない、しん、じてない」
「あいにく俺も占いとか信じないな」
「えー。二人してあんな不思議体験しておいてー」
「あれは俺の咲楽への愛が成した奇跡だからな」
「うわぁ……真守さん、相変わらずの激ヤバキモ男ですね……」
「……」
「……あれっ、まさかお姉ちゃん照れてる?!」
他愛もない話をしながら、俺たちは歩いて行く。
時々口論もしながら、立ち止まりながら、一歩一歩進んでいく。
——俺たちの望んだ未来は、もうすぐそこにある。
残り1話だけ続きます。




