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私が喋れなくなっても

 露天風呂に併設した脱衣所で、服を脱いでいる。当然、俺たち二人しかいないので、男女で部屋は別れていない。


「見ないでよ……」


「わ、分かってるよ……!」


 今まで散々見てきたのに、まるで初めてみたいに恥ずかしがっている。


 服を脱いで、タオルを巻くと、外に出て露天風呂に向かう途中に設置したシャワーを浴びる。


 隣で幼馴染の女の子が真っ裸で髪や体を洗っている状況に、俺は生唾を飲んだ。

 い、いやいやいや、邪な気持ちは捨てろ!

 これは卒業旅行だ!

 何の卒業かって……そういう意味じゃない!


「真守くん?」


 咲楽が訝しげにこちらを見る。


「……何でもない」


「そう?」


 俺は咲楽を幸せにするんだ。

 その一歩目で躓くわけにはいかない!


 俺は悟りの境地を開き、仏のような理性を獲得した。


 そして、シャワーを終えると、再び立ち上がってタオルを巻き、露天風呂の方へと足を進めた。

 ……タオルがちょっと透けていて——


『パシィン!』


 俺は自分の頬を引っ叩いた。

 よろけて膝をつく。


「ま、真守くん?」


「……な、何でもない」


「本当に?」


 俺はグッとサムアップすると、立ち上がって、再び露天風呂へと向かった。



「はぁ〜」


 お湯に浸かると、咲楽が気持ち良さそうに声を出した。


「こうやって、二人一緒にお風呂に入るのも最後だと思うと、感慨深いね」


「それは分からないだろ。向こうに戻ってもお風呂なんていくらでも入れるんだから」


「……えっ」


 咲楽がやや引き気味に声を漏らした。


「い、いや! 何というか、こう、向こうでも一緒に入りたいとか、そう言う意味じゃなくてな! 邪な気持ちは一切ないからな?!」


 咲楽はポカーンとして、あたふたしている俺を見つめている。

 そして、


「っぷ……あっははは。もう、真守くんってば。別にそんなこと考えてないよ。ただちょっと、恥ずかしかったのと、向こうでも真守くんと一緒にいていいんだっていうのが嬉しかっただけ」


 そう言って咲楽が微笑むと、彼女は俺に肩を寄せてもたれかかった。


「……そういうことするからだぞ」


「……」


 咲楽からの返答はない。咲楽も咲楽で恥ずかしいに違いない。


「……それより、何でお風呂だったんだ? 『一緒にいたいから』とか、そういう根本的な理由とは別にして」


「それは……その……全部曝け出してしまえるような気がしたから……」


「……えぇ」


 俺はやや引き気味に声を漏らした。


「そ、そういうことじゃないよ! 全くもう! 今真剣に話してるところなんだから!」


「わ、分かってるよ。はは」


「もう……」


 咲楽が怒って腕を組みながら頬を膨らませている。こうして見ると、色気より可愛さが勝って、劣情よりも庇護欲をそそられる。


「私、声を出せなかったから、真守くんに心配かけた。迷惑をかけた。だから、身も心も曝け出してしまえたら、何か変わるんじゃないかって思ってた」


「それでお風呂ってことか?」


「……うん」


 水面が揺れて、水の流れる音がする。


「……っぷ、ははっ。やっぱり変だよ」


「な、何、急に。真面目に話してたのに」


「いやー、いくら精神が物理に反映する世界だとはいえ、大胆にもほどがあるなと思って」


「それはそうだけど……」


「…………元の世界に戻ったら、少なくとも俺は、身も心も、いつだって咲楽に曝け出すつもりでいるよ。だから咲楽も……って、この言い方だとちょっと変態っぽいな。……えっと、咲楽も、俺に助けてほしい時は、遠慮せず、迷惑とか考えず、いつでも言ってね」


「……うん。……あっ、でも……」


 咲楽が何かを思い出したように言った。


「私、今はこうして声を出して話すことができてるけど、これは私の意識を私自身に反映させることで可能になったわけで、もしかすると、元の世界に戻ったら、私はまた上手く喋ることができなくなるかもしれない」


 さっきまでの楽しそうな声色とは裏腹に、意味深長なトーンで俺に問いかける。


「もしも、私が喋れなくなったとしても、真守くんは、私を支えてくれる?」


「……さっきも言ったけど、俺は咲楽を見捨てないよ。俺は絶対、咲楽を幸せにする」


 俺はお湯の中から咲楽の手を取って言った。薬指の指輪が水に濡れて煌めいている。


「……なら、よかった」


 咲楽は満開の笑顔を咲かせ、精一杯俺に抱きついた。




 そして、いつの間にか世界の背景が差し変わり、真っ白になって、やがて虚無に飲み込まれると、俺の意識は遠のいて、どこか遠くへと消えていった。

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