早朝
冷たい風が緩く吹く音、風になびく飾り気のない木の枝、ふわりと巻き上がる木の葉。
いつもは騒がしい学校に訪れる、少しの静かな時間の中、高根は校舎に向かう。
「よっ」
「!」細く長い指が、高根の肩に軽く触れる。立ち止まって振り返るとそこにはいつもの顔がいた。
「あ、高野。おはよ」
「なんかさ、お前いつもぼーっとどっか見てるけどなにしてんの?」
「いろいろー」そういって高根はまた歩き出す。
「いやだから、それをきいてんだけど…?」
あきれ顔で高根と並んだ。
校舎に入って上履きに履き替える。2人以外誰もいない下駄箱に声が響く。
「今日もぼくたちの教室で着替えていいよね?」靴箱が高根の声を跳ね返す。
「更衣室行くのめんどくさいからいいだろ。」
「ん、おっけ」
また二人で並んで歩きだす。校舎の中にも冬の匂いがほのかにする気がした。
案の定教室には誰一人としていない。ここがこれから生徒で埋まっていくと思うと少し妙な感覚もする。
「あー、やっぱさみぃな」
「…うん」
高根は適当に返事をしながらマフラーをはずしてブレザーを脱ぎ、少し不格好なネクタイを緩める。
服が擦れる音がする。
「…あ」高野がなぜか少し切羽詰まった表情で声をあげる。
「なに?」
「あーいやその、俺、今日袖口のボタンうっかり止めてきちった…はずしてくんね?」
ばつの悪そうな顔をする。
「また…?変なところ欠けてるよね…イケメンで運動できて勉強もできる完璧王子、高野祐樹サマなのに」
「ちょ、嫌みったらしい言い方すんなって…」
「はいはい」
なぜか高野は袖口のボタンをはずすことができない。止められるのに。ボタンをはずす。
高根の視線はふと、高野のきれいに割れた腹筋に向いた。
「ふっき…」
いいかけたその時ガラガラバーンッ!とすごい音を立てて教室の扉が開く。
「おはよー!!!」
明るい声とともに入ってきたのは菅野だ。
あとからあわてて入ってくるのは小川。
「おはよぉ…てか菅野なんでそんな元気なの…」
あくび混じりに小川はきく。
「いや、朝連とか意味わかんないやつ、無理にテンション上げないとやってらんないっしょー」
納得したのだろうか。一瞬の空白が流れる。
「それよりさ、2人はそれなにしてんの?」
少し浮ついた声で小川が聞く。
「んーなんか高野が袖口のボタンはずせないっていうからはずしてあげてた」
「あ、恒例のやつね!」
小川はまた浮ついた声で答える。
「いいかげん自分でできるようになれよなー」
菅野が笑いながらいう。
「いや、できねぇもんはできねぇよ…」
高野はきれいな顔を少しゆがめる。
「それでいいんだよ!完璧すぎても困っちゃうし!」
小川の声が空気を大きく震わせる。ふんすふんす、と鼻息が聞こえてきそうだ。