第86話 加護
「………」
「な、なあ、カンロ? ショックだったのは痛いほど分かるが、そろそろ元気を出したらどうだろうか?」
ラマカン砂漠から王都へと帰還する道中、甘露は酷く気落ちしていた。その理由は説明するまでもなく、スカートの中丸見え事件を知ってしまったからである。以降、甘露は言葉も発さず、俯いたままトボトボと歩いているのみの状態と化した。
「これは重症ですわね……」
「うーん、完璧主義者な甘露ちゃんなだけに、立て続けに起こったミスが許せなかったみたいですね。うう、お姉ちゃんまで気落ちしちゃいそう」
「お前まで落ち込んでいる場合じゃないぞ、ミミ。同じ仲間として、どうにかしてカンロに元気になってもらわなければ……!」
「あ、そこまでは深刻に考えなくても大丈夫だと思いますよ?」
「むっ?」
「ですわっ?」
楽観的な美味の言葉を受け、首を傾げるイータとデリシャ。
「ああ見えて、甘露ちゃんは誰よりも負けず嫌いですから。落ち込んだ分、強くなって帰って来るんです!」
「で、ですが、今回の落ち込みようは……」
「まあまあ、そう言わずに甘露ちゃんを信じてあげてください。ほら、耳を澄ませば甘露ちゃんのやる気に満ちた、沢山の言葉が聞こえて来ます」
「「?」」
耳に手を当て意識を集中する美味に倣い、同じような仕草を取ってみるイータ達。すると、甘露の方から何やら呟き声のようなものが聞こえて来た。
「―――翼を出しても大丈夫なように背中に専用の穴を開けるそれだけじゃ足りないからより可愛くリメイクする飛行状態における問題はスパッツか何かで見られても問題ないように改善でもずっと履いた状態はあまり好きじゃないから時々に合わせて一瞬で着脱可能なマジックアイテム仕様にしないと妥協は許されないだってこれは私にとっての戒めでおかわりも沢山―――」
「「………」」
それは耳を澄まさなければ聞こえないほどの、小さな小さな声だった。しかし、まるで呪詛を紡ぐが如き圧を持つ、超絶的に重い言葉でもあった。これには流石のイータとデリシャも圧倒され、反応を返す事もできずに黙り込んでしまう。
「聞こえましたか? 甘露ちゃんのやる気に満ちた、魂の言葉が!」
「やる気と言うか、殺る気と言うか……」
「う、内なる士気は高め、のようですわね……」
今の甘露に触れるのは危険であると察し、イータ達は暫くそっとしておく事を決意。触らぬ甘露に祟りなし、である。
「あれ? そう言えばさっき、私も空を駆けていましたよね? もしかして、私のスカートの中も見えていましたか? 黒が見えてしまいましたか?」
甘露とは対照的に、あっけらかんとそんな事を自ら口にする美味。その仕草には羞恥心というものが欠片も存在していなかった。と言うか、自ら答えまでバラしてしまっていた。
「い、いや、ミミについては全く見えていなかったぞ」
「ミミさんの空中移動は稲妻のようでしたからね。こう、ズバババンッ! と、やべぇ速度での直線移動を繰り返していたので」
「うむ、そんな感じだったな。正直、大体の位置を目で追うのがやっとだった。それに対してカンロの飛行方法は、羽毛が空中を漂うが如く、フワッとした軌道だったからな。常人ならそれでも超スピードに感じてしまうだろうが、私達であれば見えてしまうと言う訳だ」
「なるほど~。なら、私は今のままの格好でも大丈夫そうですね! お姉ちゃん、我が道を行く!」
一応は人の目を心配していたのか、僅かに安堵した様子を見せる美味。ただ、それは本当に一瞬の出来事で、その後の彼女はすっかりいつもの調子に戻っていた。
……ちなみに今更であるが、見ざる聞かざるブルジョンちゃんは、空気を読んで一足先に帰還済みである。目をつむり耳を塞いだまま、器用に前転しながら王都へと帰って行った。しかも、その速度は先ほどの美味による空中移動に匹敵するもので、何ともショッキングな光景であったと言う。
「いい加減にスカートから話題を変えましょう。イータさん、貴女のステータスを拝見して、前々からバリ思っていた事がありやがるのですが、『大自然の加護』とはあの加護の事ですの? つうか、加護持ちとは珍しいですわね! 私様、初めて目にしましたわ!」
「むむっ! 言われてみれば、私もまだ教えてもらってないです! そもそも、加護って何ですか!?」
「待て待て、一気に質問しないでくれ。答える、答えるから!」
ズズイと顔を寄せて来る美味とデリシャを、両手を押し返すイータ。
「あ、あー、まずは加護についてだが、常時発動している補助能力のようなもの、だろうか。固有スキルのように自らの力と言う訳ではなく、偉大なる存在から力を授かる形で備わるんだ。いつも効力が発揮されているから、敵の妨害で阻害される事もない」
「偉大なる!?」
「存在から、ですの!?」
食いつく二人、顔を更に押し付ける二人。
「う、うむ、そこが気になったのは十分に分かった。分かったから、もう一歩引いてくれ。 ……加護は神から授かる事もあるし、種族の頂点に立つ者、例えばドラゴンの頂点に位置する竜王から授かる、なんて場合もあるんだそうだ。まあ実際問題、そのような加護が本当に存在しているかどうかは、私にも分からんがな」
「え、そうなんですか? イータさんにも?」
「私の加護についての知識は、父上から教えてもらったものなんだ。里で私以外に加護を持つ者は居なかったし、里を出てからも加護持ちには会っていない。要するに、それ以上の詳しい事は何とも言えんのだ」
「確かに、私も加護を持っている方は見た事がありません! そもそも、他人のステータスなんて覗きませんし!」
「先ほどもぶっちゃけましたが、私様もですわ。まあ、それだけ希少な力であるのなら、自ら公言する事は避けやがるでしょうね。その力欲しさにどこかの組織が介入するなど、厄介事とバトっちまうかもしれませんし」
「はへー、大変なんですねー」
「うむ、大変そうだな」
「いえ、他でもないイータさんのお話でしてよ?」
いまいち当事者意識のないイータである。
「取り合えず、すんごく珍しい力って事は分かりました! ちなみにイータさんは、誰からその加護を貰ったんですか?」
「恐らくではあるが、偉大なる大自然から賜った」
「恐らく?」
「うむ、物心がついた頃には既に持っていたんだ。いつから持っていたとか、詳しい経緯は私自身も覚えていない。ただこの加護のお陰で、大自然の中に居ると頗る調子が良くなるんだ。里にある直帰の森はもちろん、このような砂漠、この前に訪れたヒートウッズもそうだったな。兎に角、私が自然味を感じられる場所であればあるほど、私はいつも以上に力を出す事ができる!」
拳を固め、そう力説するイータ。しかし、その説明は少し矛盾を含んでいるようにも聞こえた。
「ヒートウッズ……? あの、森の中だけでなく、火の中でもオーケー判定ですの?」
「オーケー判定だ!」
「砂漠も?」
「オーケー判定だ!」
「……それ、どこでもオーケー判定になりません?」
「大自然だからな! それを許容してくれるほど、大自然は懐が深い!」
想像以上にガバガバ判定な加護であった。そんな懐の深い恩恵を日頃から受けていたのもあって、イータは大自然主義者となっていったのだろう。彼女が水の中でのリラクゼーションを推奨するのにも、ちゃんと理由があったのだ。
その後も能力やスキルに絡んだ話を続ける美味達。そうする事で結構な時間が進んでいたようで、もう周りの景色は見慣れたものへと変化していた。
「流石は進化しただけあって、徒歩でも早かったですね。皆さん、そろそろ王都に着きますよ。お喋りはその辺にしておきましょう」
「はーい! って、甘露ちゃんが復活してるぅ!?」
何はともあれ黒鵜一行、ラマカン砂漠より無事帰還。




