第71話 謎のご令嬢
綺麗な青髪を肩の辺りで切り揃えた彼女は、とっても綺麗な人だった。黙っていても、ううん、全然黙っていないけど、それでも凛とした雰囲気、高貴なオーラが溢れ出している。どこからどう見ても、この人は私みたいな庶民の出自ではない。身に着けているドレスのような装備も、見るからにお高そう。いや、断言しちゃう。絶対お高いよ! 超高級店に並んでいるそれだよ!
「うめーですわー!」
……ただ、彼女の口調が若干粗暴のような、そんな気がしたりもする。お嬢様口調の筈なのに、何でだろう? 不思議だ、とっても不思議だ。と言うか、私のツッコミを無視して、ガツガツ料理を食べちゃってるし。それに、彼女が背負っている巨大なハンマーも、何ともちぐはぐな印象を受けてしまう。護身用の武器? いやいや、それにしては本格的過ぎるよね。自分を守ると言うより、敵を殺す事に主眼を置いた武器だよね、それ?
ま、まあ、細かい事はこの際置いておこう。兎に角、私が言いたい事を一言で纏めるとだね――― 何でこんな貴族みたいな人が、私達と一緒にご飯を食べているのかって事! 自己紹介とかされてない…… よね? でも、他の皆は平然としているし…… もしかして、私だけ知らされてない?
「あの、それで貴女は……?」
勇気を出して、もう一度聞いてみる。すると、ご飯を食べ続けていたご令嬢は、この時になって漸く私の存在に気が付いてくれたのか、視線をこちらに寄越してくれた。
「あら、そう言えばまだ自己紹介をしておりませんでしたわ! 私様とした事が、やっちまいましたわね!」
や、やっちまい……? えっと、聞き間違いかな? 兎も角兎も角、ご令嬢は立ち上がった。立ち上がって、自身のスカートを軽く摘まんでみせた。あ、これ知ってる! 確か上流階級の女性がする、優雅な挨拶! 私、直接目にしたのは初めてかも!
「お初にお目にかかりましてよ! 私様、冒険者を生業としているデリシャ・ビスケットと申しますの! この度王都を目指して猛ダッシュを決め込んでいたところ、やべぇ良い香りをド察知しまして、こうしてご相伴にあずかる事を決め込みましたの! 飯が予想以上に美味くて私様、びっくらこきましたわ!」
……な、何だろう、このアンバランス感は? 所作は完璧、夢にまで見たお上品さを感じるのに、言葉が凄い逸脱している気がする。そして声が大きい。私が吃驚するくらい大きい。
「はい、捨てられた子犬のような目で料理を見詰めておられたので、イータ様の許可の下、デリシャ様にも料理を提供させて頂きました」
「うむ、私が許可を出したぞ!」
「ええ、射殺す勢いで飯を凝視していましたわ!」
「い、いつの間に……」
私がポカポカしている間に、そんな事が起こっていたんだ…… って、さっきデリシャさん、普通にファミリーネームを名乗ってなかった? やっぱり貴族の人、なのかな? でも、冒険者をしているとも言っていたし…… ううーん?
「あの、つかぬ事をお伺いしますが…… ひょっとしてデリシャさん、S級冒険者だったりします? その、ファミリーネームを名乗っていたので……」
普通、ファミリーネームは貴族や王族だけが持っていて、私のような庶民にはないものだ。例えば私はただのセシルだし、私の仲間、ジャックはただのジャック、エッジはただのエッジでしょ? ファミリーネームは家柄を保証する証のようなものだから、各国が厳重に管理している…… らしい。いや、私だって詳しくは知らないんだよ。今までそんな事、全然気にしてこなかったしさ。けど、『命名』ってレアスキルを持つそれ専属の高官が居るとか、そんな噂を聞いた事もあったような、なかったような…… と、兎に角、ファミリーネームはそれくらい凄いの! めっちゃ凄い! 頭が上がらないくらい! もちろん、庶民がファミリーネームを持つ事なんて、普通は絶対にない!
……けど実は、何事にも例外はあったりする。冒険者を続けていく中で、新たな貴族となり、ファミリーネームを与えてもらう方法もあったりする。その方法とは――― 冒険者の最上位、S級冒険者になる事。だからこそ、私はデリシャさんにこの質問をしてみたんだ。これなら貴族と冒険者、その両方のポイントを抑えた質問になるからね。フフッ、我ながら優等生な質問をしちゃったかも。
って、冷静に解説してみたけど、私、とんでもない事を聞いちゃったかも? い、今更だけど、本当にデリシャさんがS級冒険者だったら、どどど、どうしよう!? S級冒険者って、あのS級冒険者なんだよね!? まだまだD級でしかない私にとって、S級冒険者は雲の上の存在なんだよ!? サ、サインとか貰った方が良いのかな? それと握手、握手とか!? ああ、でもS級冒険者って一人で一国を相手取る強さって聞くし、握力で私の手が潰れちゃうかも!? 中止、握手は中止ぃー!
「フッ…… 貴女、なかなか良い目をされてますわね。私様、少しばかり感心しちまいましたわ」
「と、と言いますと、やはり……?」
極度の緊張から、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「とっっっ…… ても惜しいですわ! 私様、S級ではなくA級冒険者ですの!」
「え、A級……? な、な~んだ、A級冒険者の方だったんですか。変に緊張しちゃいましたよ、えへへへ…… って、A級も十分過ぎるほどに凄いですからぁッ! ミミさんカンロさん並みぃぃぃ!?」
「エボン、何やらセシルが情緒不安定のようだが、何かあったのだろうか?」
「申し訳ありません。私には分かりかねます」
い、いけない。私ったら、柄にもなく大声で驚いちゃった。けど、イータさんとエボンさんは流石だ。私なんかと違って、全然動揺していない。あれ、そう言えば御者のおじさんは?
「ふふっ、土産は王都ペナントが良いでしょうか? 喜んでくれれば良いのですが……」
そ、そっか、まだポカポカしている最中だったんだ。おじさんの事はそっとしておこう、うん。
「反応もド派手なものを返してくれますのね。貴女、ますます気に入りましてよ」
「え、えっと、それはどうも……?」
「さて、自己紹介の続きをしちまうと致しましょうか。ファミリーネームを持っているのはなぜか、という質問でしたね? それは私様が冒険者となる以前に、とある国の貴族であったからです。言っちまえば、生まれも育ちもド貴族ですの!」
「ド、ド貴族……?」
「ほう、貴族の上位的な存在なんだろうか? 外の世界は実に面白い表現をするのだな、エボン!」
「まったく以てその通りかと」
そ、そういう意味、なんだろうか? けど、なるほどね。私の予想とは順番が逆だったんだ。冒険者から貴族じゃなくて、貴族から冒険者に――― 確かに、これでも理屈が合うもんね。
「尤も、ビスケット家は数ヵ月前に没落しちまいまして、今は一家離散状態なんですけれどね! いやー、お父様が色々とやっちまいまして、あの時は本当にやばかったですわ!」
「!?」
と思ったら、更なる爆弾発言をかまして来たデリシャさん。え、えっ? 没落? 一家離散? それって、そんな爽快に言って良い事なの!?
「ほう、それはそれは…… 苦労されたのだな、デリシャ殿」
「心中お察しします」
「へ? ああ、いえ、別に私様、苦労もお察しされるような事もありませんわよ? むしろ、クッッッ…… ソ! 清々したくらいですわ! 貴族という名の柵から解放され、今は冒険者として、フリーダムを心底満喫していますの! 好きな時間に起き、好きな料理を好きなだけ食べる! 私様、これだけで人生万事オッケーナックルですの!」
「ハ、ハァ、オッケーナックル……」
「昔から腕っぷしがパなかったのも、幸いしましたわ! このように、このようにッ!」
そう言いながらハンマーを持ち上げ、豪快に素振りを始めるデリシャさん。ずっしりどっしりな鋼鉄製のハンマーが、いとも簡単に振るわれている。わあ、これに当たったら死ぬわ、私。何なら掠っても死ぬ……
「っと、申し訳ありません! 少し長居が過ぎましたわ! 私様、これから王都にめちゃんこ大事な用がありますの! 機会がありましたら、またお会いしたいものですわね! その時はこの料理借り、十倍返しでカウンターパンチさせて頂きますわ! では、御機嫌ようですのー!」
「え? あっ…… い、行っちゃった……」
大きな叫びを上げながら、デリシャさんは王都の方へと猛ダッシュして行った。その叫びはどこまでも轟き、地面を揺らすほどで――― あ、でも意外と足は遅いのかな? 競争なら、私と好い勝負をしそう。
「ふむ、変わった御仁だったな!」
「はい、変わったお方でしたね」
「………」
素でそんな言葉を口にする、イータさんとエボンさん。ツッコミの言葉が喉元まで出掛けたけど、私はこれを根性で我慢した。うん、もう何も言うまいよ。
その後、御者のおじさんがポカポカから舞い戻るのを待って、私達も王都へと向かう事に。王都で何も起こらないと良いけど……
2月25日に書籍版の第1巻が発売されます。
早売りされているところはもう発売しているようです。
是非是非よろしくお願い致します!




