第67話 魅惑の弁当
イータさんが取り出したのは、何の変哲もないただの弁当箱だった。いや、普通の大人が使うサイズよりも、むしろ小さいくらい。具体的に言えば、私の手のひら程度の大きさ、しかも底が薄い。人よりも食べない私からしても、少し物足りないかな? なんて思ってしまいそうだ。ミミさんカンロさんクラスの胃を持つイータさんであれば、絶対に何の足しにもならないだろう。 ……そもそも、水中浴なんてしていたのに、弁当の中身は大丈夫なんだろうか?
「えっ? イ、イータ様、これは一体……?」
イータさんお付きのメイドである(と私は予想している)エボンさんも、今回ばかりは私と同じ気持ちであるようだ。弁当箱を二度見、イータさんの顔も二度見している。いや、それ以上か。見過ぎ、見過ぎだって。
「フフッ、意表を突かれたような顔をしているな。この弁当箱を見れば、そう思ってしまうのも仕方のない事だろう。まあ、これを見てくれ」
―――パカリ。
と、弁当箱の蓋を開けるイータさん。弁当箱の中身は…… うわ、まるで靄がかかっているかのような状態になってる! 中が全然見えないけど、一体何事!?
「この程度の大きさの弁当箱では、私の食欲を押さえる事はできん。だが、この弁当箱はカンロから借りて来たもの、当然ただの弁当箱ではない。実はこれ、『保管』スキルが付与されたマジックアイテムなんだ」
「な、なんと、私と同じ保管スキルを持つマジックアイテム、ですって!?」
「「………」」
……保管スキルを持つ弁当箱って何だ?
「この保管付き弁当箱とは思いの外便利なものでな。別途取り分ける用の食器を用意しなければいけないが、保管に入っているうちは料理の鮮度が落ちる事がなく、弁当箱の容量以上のものを入れる事ができるんだ。更に更に、さっきの私のように水中浴を堪能していたとしても、中身が保管の中に入っているから、弁当箱に水が入り込む事もない! 正に私に打って付けの弁当箱だと言えるだろう!」
「そ、そんな、言ってしまえば防水加工も施されている……!? なんて未来的、そしてイータ様に相応しい弁当箱なのでしょうか!」
「「………」」
あれ? これってもしかして、真っ当に良いアイテムなんじゃ? イータさんの熱い説明、エボンさんの合いの手は、一見ふざけた雰囲気になってはいるけど、よくよく話を聞いてみると、良い事尽くめである事がよく分かる。隣に居る御者のおじさんも予想外だったのか、言葉を失っているみたいだ。
「さて、次に本題となる弁当の中身についての説明をしよう。フフッ、これもまた驚きの連続だぞ? 何せ、私も昨日腰を抜かしたのだからな!」
「ええっ!? あのイータ様が!? 一体その保管の中に、何が隠されているのですか!?」
「それはな…… オーバーダッシュ温卵ご飯、だ!」
イータさんのその台詞の直後に、料理名を復唱するエボンさんの叫びが轟いた。私とおじさん、示し合わせたように同時に耳を塞ぐ。慣れとは怖いものだ。
「フッ、料理名を聞いただけでは、どのようなものか想像できないだろう。まあまあ、まずは見ていろ。最初に弁当箱から温泉卵を取り出すぞ」
イータさんがそう言うので、私は何も言わずに見る事に集中する。エボンさんは合いの手を入れている最中にも、シートを敷き食器を並べるなど、食べる場所の準備を進めていた。腐っても、と言っては失礼だけど、流石はできるメイドさんだ。イータさんはそのシートの上に座り、弁当箱から卵を大量に取り出していく。
……見た感じは普通の真っ白な卵だ。え、でも、ちょっと、まだ出て来るの? そろそろ山が出来上がっちゃうよ? えええっ…… と、私が言葉を失うほどの量。けど、ミミさんカンロさん基準と考えると、まあこの量になるよね。と、一瞬で納得できてしまう。毒されているなぁ、私も。
「よし、全部出せたな。次にエボンに用意してもらった底が深めの皿に、米をよそっていく」
「あ、米なら知ってます。カンロさん達にご馳走してもらった時に、山盛りの穀物を見ました。その卵の殻みたいに、真っ白いやつですよね?」
「うむ、その真っ白いやつだ。このまま食べても美味いが、おかずと共に食すと尚良し! そんな夢の食材なんだ」
「あー、確かにあの時のミミさんとカンロさん、焼いたお肉と一緒に食べていた記憶が……」
途中で私も夢中になって食べていたから、朧気なんだけど。
「な、何ぃ!? 焼いたジューシーな肉と一緒に、だとぉぉぉ!? そ、それもまた、何とも美味そうな――― コホン! い、いや、今は食事の用意が最優先だったな。その食し方もまた夢が広がり夢にまで出て来そうだが、この温泉卵かけご飯も負けていないぞ。恐らく、負けていない、ぞ……!」
ああ、未練の残った微妙な表情になっていらっしゃる。そんなイータさんの表情を見て、なぜかエボンさんは喜んでいらっしゃる……
「動揺してすまなかったな。だが、今回カンロが用意してくれた米は、ただの米ではないんだ」
「と、言いますと?」
「フフフッ、何を隠そう、米の上に具が乗っているんだ! そぉれ!」
独自の掛け声と共に、イータさんが弁当から米をよそう。確かに、米の上には何やら別の具が乗っていた。
「緑色の刻んだ葉っぱと…… 大量の白い、何だろう? 魚の子供?」
「カンロ曰く、刻んだ葉っぱの方は『オーバーリーフ』と言うらしい。料理の色合いを良くし、味と香りのアクセントとなる。小さく一杯ある方は、『ダッシュラス』という滅茶苦茶に逃げ足の速い稚魚を釜揚げしたもので、ほどよい塩分がご飯のお供に最適なのだ! この二種が乗っているだけでも、永遠にご飯のおわかりができるぞ!」
「そ、そんなになんですか……?」
「そんなにだ! 私は何も誇張なんてしていない。事実、私は昨日それを体験した! 今日の弁当も同じものをと、カンロに懇願したほどだ!」
「イ、イータ様をそれほどまでに夢中にさせるとは…… ゴクリ!」
「おっと、まだ手を付けてはならんぞ、エボン! この料理の真の姿は、文字通り卵をかけてから、だ!」
興奮気味なイータさんが、ダイナミックに卵を一つ手に取る。そして、米や具材を乗せた皿の真上に構えて―――
「ハァァァッ!」
―――気合の入った掛け声と共に、卵の殻を割った。テンションたけぇ。
「こ、これが温泉卵……」
割られた殻の中から出て来たものは、ドロリとした白身に包まれた黄身であった。そう、いつも目にする透明な中身ではなかったんだ。一体どんな味がするのか、全く予想できない。けど、よそったご飯の真上に乗った温泉卵は、やたらと調和が取れていて――― 絵になった。食欲をそそる、平和的で暴力的な絵だ。
「これにカンロ特製の錬金ダレを注いで、と…… セシル、まずは君に食べてほしい」
「えっ? あの、私からで良いんですか?」
「君から食べてほしいんだ。私の大切な友をここまで導いてくれたのは、他でもないセシルなんだ。君が居なければ、今日の奇跡的な再会が起こる事はなかっただろう。何も躊躇する必要はない。思いっきり掻き込んでくれ!」
「じゃ、じゃあ……」
恐る恐るイータさんから皿とスプーンを受け取る。私の目の前には今、あの時とはまた違った強敵が居る。D級冒険者でしかない私が、果たして正気を保つ事ができるだろうか?
「……いただきます!」
皆が見守る中、私は意を決して目の前のそれを口に運んだ。
活動報告にてキャラデザ①を公開しました。




