第56話 進化
イータが作り出した氷トンネルの出入り口付近に席を設け、この悪環境の中でも、比較的過ごしやすい場所での食事を試みる美味達。巨大な鍋を中心に、四人は着席を終える。
「皆さん、お手元に取り皿はありますか? 飲み物の用意は?」
「プロテアップルの一番搾り、準備完了だよ!」
「美味ねえ、その言い方だとお酒っぽくて誤解を生みますよ。これ、絞っただけのジュースですから」
「だが、プロテアップル自体は大変に希少な果物だ。これを提供してくれたエスタ殿に、改めて感謝だな! エスタ殿、ありがとう!」
「何、そんな大した事はしていないよ。ギルドに鑑定させて討伐完了を確認させた後に、報酬金でそのまま買い取っただけの事だ。それに大自然の恵みとか言って、プロテアップルから離れようとしないどこかのエルフに、ギルドも迷惑していたようだしねぇ?」
「そうだったのか? 私の知らないところで、そのような事があったのだな。全く、困ったエルフも居たものだ」
「……もしかして、自覚がないのかい?」
「何がだ?」
イータの大自然主義は無意識から出でるものなのか、全く見覚えがない様子であった。
「まあまあ、何はともあれ、まずは食事を始めましょう。お鍋は今が食べ頃ですし、美味ねえのお腹の悲鳴もそろそろ聞き飽きて来ましたし」
「ああん、甘露ちゃんってば酷い! でも、ご飯を食べるのは大賛成!」
「だな、私も大同意だ! ……だが、その前にエスタ殿、その状態で食事ができるのか? その、ずっと仮面を被っているようだが」
イータの指摘に、皆の視線がエスタへと向く。確かに、エスタは今もガスマスクをしている状態だった。
「ああ、そういえばそうだったねぇ。こいつを被るのがごく普通の日常だったから、ついうっかりしていたよ。よっと」
「おお!」
「わっ」
「何と!」
エスタは特に躊躇する様子もなく、すんなりとガスマスクを取り外した。そして、その様子を眺めていた三人それぞれから、驚きの声が上がる。
「……? 何だい、揃いも揃って珍しいものを見た、みたいな顔をして?」
「いえ、その、何と言いますか…… 百年以上も生きていらっしゃると聞いていたので、もっと、こう……」
「もっと年老いた容姿をしていると思っていたぞ、エスタ殿! それに、まさか女性だったとはな!」
「イ、イータさん、言葉がストレート、直球ドストレートです! まあ、私もびっくらこいたんですけどね! 容姿もそうですが、素の声も良いとか予想外過ぎます!」
そう、エスタのガスマスクの下には、大変な美貌が隠されていたのだ。陶器のように白く、シミひとつない艶やかな肌。瞳は蒼く澄んでおり、見る者を虜にさせる魔性が備わっている。その容姿はどう多く見積もったとしても、二十代後半が精々のもの。とてもではないが、百年の時を過ごした人間のそれとは思えなかった。白髪という点だけは、唯一年齢経過によるものと見えなくもないが、エスタの容姿はそれさえも洒落た要素に思えさせる。
とまあ、エスタの素顔を見た時の三人の衝撃は、それはそれは凄まじいものだった。今まで素顔がマスクで見えず、声は機械音声で発せられていた為に、年齢どころか性別までもが不明であったエスタ。そんな彼女がまさかこのような容姿をしていたとは、美味達は誰も予想していなかった。美味の言う通り、声も機械音声から美声にクラスチェンジしている為、衝撃も二倍なのである。
「……ああ、そう言えば人に素顔を晒すのは久し振りだ。まあ、こんな形をしちゃいるが、私は随分と人生の先輩ではあるよ。それこそ、婆さんと言われる程度にはねぇ」
「ふむ? つかぬことをお伺いするが、エスタ殿も私と同じエルフ族なのだろうか? 確かにエルフ族であれば、百年の時を経ても容姿に変化はないものだが」
「私と同じ吸血鬼という線もありますね。エスタさんの耳、エルフではなく人間と同じ形ですし、どことなく私と肌色も似ています。おお、まさかの同族との邂逅でしょうか?」
キラキラと瞳を輝かせ始める甘露。そんな彼女に対し、エスタはどことなく申し訳なさそうだ。
「悪いけど、私はエルフでも吸血鬼でもないよ。ミミと同じ人間――― だったものが、化け物の領域に足を踏み入れちまったんだ。所謂、『進化』ってやつさ」
「進化?」
「ですか?」
美味とイータが首を傾げる。
「モンスターのレベルが上がると、ある段階で種族が変わる事象は知っているかい? スライムならば色が変化したり、ドラゴンならば更に上位の存在になったりする、そんな現象だ」
「……似たような噂を耳にした事があります。調教師が長年使役していたモンスターが、より強靭な種族へとランクアップした、と。恐らく、自然界でも同様の現象が起こっているのではないでしょうか? そして、そういったモンスターが私達、上位冒険者の討伐対象となっているのでは?」
「その通り。今回倒したフラムマガッルス、このプロテアップルをもたらしてくれたヘルプロテアも、レベルアップとその現象を通じて、あそこまで強くなったんだ。それまでの生態と強さが一変する、生命体を根幹から創り直す不可思議現象――― 進化を通じてね」
「「はえー」」
間の抜けた表情の美味とイータは、理解したのかしていないのか、何とも言えない声を返していた。そんな二人に代わって、甘露が正鵠を射る。
「ひょっとしてですが、進化は人間にも起こる現象なのでしょうか?」
「ああ、この現象は人間にも起こり得る。人間の進化は見た目こそ変わらないが、肉体に内包されるパワーは進化前とは比較にならないものとなり、寿命までもが加算される。それこそ、エルフにも負けないくらいにね。で、私はある時に進化を果たし、人間を辞めたって訳だ。もうどれくらい昔の事だったかねぇ。細かい事までは覚えちゃいないが、まあ新鮮な感覚ではあったと思うよ」
「何と、寿命も延びるのか!? それは凄いな!」
「えっと、えっとー……」
自分も何か質問したいが、何を質問すれば良いのか分からず、頭を悩ませる美味。腹を鳴らしながら悩み、漸く一つだけ質問を思い付く。
「あ、そうだ! 人間から進化したら、何という種族になるんですか?」
「私の場合は身体能力に特化した『超人』だった。確か、ブルジョンの奴も同じ種族の筈だ」
「おお、ブルジョン殿も進化を済ませているのか! それも凄いな!」
「ブルジョンさんもS級冒険者ですからね。参考までにお伺いしたいのですが、レベルとしては、どれくらいで進化するものなんですか?」
「んー、そうだねぇ…… 個人差はあるが、大体はレベル100を超えた辺りで進化するかな。ただ、進化先は他にも色々だ。それによって肉体、魔法、特殊能力の何らかに特化するらしいねぇ。ちなみに、アンタらがこれから目指す事になるS級冒険者って奴らは、全員が進化を経ている。私がこう言うのも何だが、正真正銘、全員が人間を辞めちまっているってこった」
「それはそれは凄いな! 何と言うか…… すっごいな!」
「……イータ、さっきからアンタは凄いばかりだね?」
「うむ、それしか感想が思い浮かばんからな!」
イータはどこまでも清々しかった。
―――グゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!
エスタが呆れていると、不意に地鳴りのような音が辺りに響き渡った。その発生源は、どうやら美味の腹部からのようで。
「あ、あはははは、失礼失礼……」
「……話が長くなっちまったね。そろそろ食事にしよう。そろそろ私の腹も、ミミの腹みたいに悲鳴を上げそうだ」
「むっ、それはいけませんね! エスタさんに恥をかかせる訳にはいきませんし、早急に始めましょう! では、早速――― いっただきま~す♪」




