山賊の頭を追放された俺は偽僧侶になってみることにした
「新人2人とそこの3人、おめぇらは追放だ。どこへでも行って野垂れ死ね」
「一般人を数名殺して金奪ったくらいで、なんでそんなこと言われなきゃなんねーんだ。俺たちは山賊だろう?!」
「入る時に2つだけの規律を教えたはずだ。俺たちが山賊行為をするのは悪徳豪商からのみ、そして殺しは絶対ナシだってな。この3ヶ月間、そこらでやってたことに俺が気づいていねぇとでも思ったのか?」
「元・お頭こそ、気づいてねーんじゃねーのか? 自分が少数派だってことによ」
気づけば俺の部下だった30人は、全員武器を持って俺に向けている。
どうなってやがるんだ?!
「アンタみたいなお頭には、みんな付いていけねーってよ。もう時代じゃねーんだよ、今どき豪商しか襲わないとか殺さずとかクソみてーな規律じゃやってけねーんだ。おめぇら、袋叩きにしちまえ!」
「「おおおーーーっ! よくも今までつまんねぇ規律でこきつかってくれたなぁ!」
――それから8時間後、空が白み始めた朝方。
ちくしょうイテテ……しこたま殴るわ蹴るわしやがって。
しまいにはパンツを残して身ぐるみ剥ぐなんて、最低の野郎どもだ。
「へっくし! くっそ寒みーなぁー」
「……こんな山の中でそんな格好をしていては風邪をひきますよ。よかったら火にあたりますか? これも何かの縁だ」
振り返ると痩せた男性僧侶がいた。
怪しいが、こちとらもう取られるもんなんざありゃしない。
ありがたく火にあたらせてもらうとしよう。
「やはり、山賊に襲われたのですか? 最近このあたりにはタチの悪い山賊が出ると評判だ」
「……そ、そうだな。もっと薪をくべていいか? 寒くて仕方がねぇ」
「私の着替えをあげよう。貧する者に与えるのもまた、神の教えだ」
「んじゃありがたく頂くとするわ。……ん、ポケットに銀貨が12枚入ってたぜ」
「それも込みで差し上げるよ、着の身着のままで放おっておけないからね。それしか差し上げられなくてすまないが、私も手持ちが多い訳ではないのだ。許して欲しい」
どうにか着れたが、かなりキツい。
まぁ裸よりいいか……
「いやいや、貰ってばっかりじゃこっちが悪い。イテッ……ちとそのへんでイノシシでもぶっ殺してくるから待ってな。されたことは返すってのが、俺の流儀なんでね」
「そんな傷のままでは体に障る。少し近寄ってもらえるかな? ……ヒール」
「おぉぉおーーーっ! アンタ魔法が使えんのかよスゲェな。俺は初めて見たぜ」
「まだまだ初歩的な魔法しか使えないがね。アナタも信心深く神を信仰すれば、使えるようになりますよ」
「そんなヨタ話を信じるほど子供でもねぇよ。んじゃ、ちと狩りに行ってくらぁ」
「えぇ、お気をつけて」
それから2人でイノシシをたらふく食べて干し肉に加工すると、もう日が落ちようとしていた。
「僧侶さんのおかげで、どうにか近場の街まで移動するだけの用意ができた。ありがとうな」
「いえいえ他者に寄り添うのが役目ですから、お気になさらず。こちらこそ、すっかりごちそうになってしまって」
「ギブアンドテイクってのが俺の信条の1つだからな。明日はこの場所を発とうと思うんだが、アンタはどうするんだ?」
「さあ……あてもなく旅をして人々に神の教えを広めるだけですよ」
「俺は僧侶ってのはもっと、金にがめつくて説教臭いヤツだと思ってたぜ」
「悲しいことに、そういった輩が多くなってしまったのもまた事実。しかし、金を身につけると魔法という神の奇跡のチカラは使えないモノなのですよ。かく言う私も、昔はガメつかったものですから。ハッハッハ」
「ハッハ! 経験からくるなら間違いねぇや」
「呪文の使い方をお教えしておきましょう。いつかきっと、お役に立つかもしれません」
俺が回復魔法を……?
またまたご冗談をと言いたかったが、使えるようになるなら面白そうだ。
パチパチと焚き火の音しかしない静かな森の中、俺は久しぶりに他者の言葉を真剣に聞いた。
朝起きると、もう僧侶はいない。
あぁいう輩は早起きだって聞くが、本当なんだな。
なんにしても、今や1人になっちまったから人数で押し通す山賊行為はできねぇ。
街に何かしら仕事のクチがあると助かるんだが……
「ん? あんたの顔どっかで見たような……。何にしても、アナタ様のような方にして頂く仕事は、この街にはありませんな。申し訳ございません」
顔は見られないように気をつけていたはずだが……
すれ違う数人もチラチラと見てきやがるし、遠くの村に行った方が良さそうだな。
今まで行ったことのない道を3日ほど歩くと、村の者らしき人が駆け寄ってきた。
「そ、僧侶様! どうか、どうか助けてくださいませ!」
確かに俺はどっかの教会のローブを着てるが、こんな筋骨隆々の僧侶がいてたまるか。
頭おかしいんじゃねーの?
「いや、俺は僧侶じゃ……」
「汚れた衣服を恥じる必要はございません。ささ、どうぞ村長の家で話を聞いてやってください」
まずいな……僧侶のマネごとはできても、回復魔法を使ってくれなんて言われたら何もできねーぞ。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
「どうか、どうか、この村を襲う略奪者どもからお守りください」
「お守りくださいって……そんな話も聞かなそうな輩に説教したって無駄だろう」
「その胸に刻まれた獅子のマークは真神教会のモノ。そこの僧侶様が相手なら、あの無法者どもでも手は出せないではないですか。多くの国や貴族とも繋がりが強いと聞いております」
そんな教会知らねーぞ……新興宗教かなんかか?
あの僧侶に紋章のこと聞いても“知らない方がいい”としか言わなかったからなぁ。
面倒には巻き込まれたくねぇし、さっさとズラかるか。
「そうは言っても、この近辺では知名度が低いですからなぁ」
「そこをなんとか……! こちらは少ないですが、村の者で出し合った寄付金です」
テーブルに置かれた銀貨袋の音を聞くに、73枚入ってるな。
貧乏な村からしたら結構な大金だ。
俺を助けた僧侶のマネごとをしてみるのも悪くないかもしれん。
「わかった、どうにかしてみよう。そんなお金よりもワイン1樽とパンをいくつか貰えるか? 最近あまり食べてねーんだ」
「おぉ、ありがとうございます! 皆のもの早く用意を!」
気をつけてお食べください、と言って村長から渡されたパンの1つには金貨が1枚入っていた。
やっぱ年食ってるヤツはわかってるなー、僧侶が表立って大金を受け取らないのは常識だ。
銀貨100枚分貰ったなら、ちっと頑張ってみようと思える。
翌日の朝、ガヤガヤとやかましい喧騒で目が覚めると同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「そ、僧侶様! また略奪者どもが!」
「おう、任せておけ。そこにある長い棒借りてくぜ」
外に出ると10人の見知った野郎どもが好き放題に暴れている。
こういうヤツらはリーダーをぶっ叩けばどうにかなるはずだ。
それは長年の経験で良く知っている。
フードを深くかぶっておくか、顔見知りだと騒がれても困る。
「おやめなさい、そこなる者たち。貧する者から奪うのは真神教会の僧侶として見過ごせんぞ」
「あんだぁ? その教会名なんざ知らねーし、1人でどうにかなると思ってんのかよ。それに僧侶は人様を傷つけちゃーいけねぇって聞いてるぜ。 ギャッハッハ」
「当教会には、言って聞かないならぶっ殺しても良いという教えもあるのです(たぶんあるよな?)」
「チッうっせーな。野郎ども、やっちまえーーーっ!」
「それじゃ一手遅いんだよ、甘ちゃんが!」
リーダーの首に強烈な打撃を与えて昏倒させたものの、部下が怯む様子はない。
ちくしょう、計算違いだ!
「「よくもウチのお頭をやったなあ!」」
「「9人に勝てる訳がないだろ!」」
「「さっさと死んで神に会いに行ってこい生臭僧侶が!」」
くそっ、さすがに数が多すぎるし、そこらじゅうがクソ痛え。
倒せたのは6人、まだ残り3人いやがる。
こんな時に回復魔法が使えたら……
「我が敬愛なる神よ、傷を癒やしたまえ。ヒール!」
しかし、魔法は発動しない。
やっぱり俺に魔法の才能なんかある訳がなかったんだ。
「使えもしない回復魔法が脅しになるかよ! オラッさっさと死ね!」
結局ボコられる運命なのかよ……僧侶のマネごとなんざ、するんじゃなかったぜ。
「おいこれ見ろよ。この僧侶金貨なんて持ってやがったぜ」
「マジかよ! もっと持ってんじゃーねーのか」
1枚しか貰ってねーし。
そこら中の骨が折れてんのに、体中まさぐるんじゃねーよ……
(金を身につけると神の奇跡は使えないモノなのですよ)
もしも、あの僧侶の言葉が真実なのなら……
あと1度だけ試してみるのも悪くねぇか。
「ヒールっ!」
うおおおおお、みるみる回復する!
これなら、こんな雑魚ども相手に負ける道理はない。
仮にも山賊団30人をまとめてた腕っぷしはダテじゃねぇ。
「「こ、こいつ回復魔法使えたのかよ!」」
「ポキッ……ポキッ……。さて、敬虔な神の使徒である僧侶を傷つけた罰は重いぜぇ?」
「ひいいいぃぃぃいいいいいいっ助けてくれえぇぇぇ!」
「神罰棍棒アターーーック!」
「許してくr……うぎゃあああああ! 足の骨が折れたあああああ!」
「神罰棍棒アターーーーック!」
「そ、それでも僧侶かよ! 俺たちが悪かった、許してくれって言うヤツを叩く僧侶はいねぇはずだ!」
「さっき言ったよなぁ? 言って聞かないヤツに暴力を振るわれたなら、殺してもいいと神はおっしゃっている」
「ぜ、ぜってー嘘だっ! その顔は……ゆ、ゆるしてくれ、おかしr」
「神罰棍棒アターーーーック!」
「ぐぎゃああああああっ!」
さて、どうにか10人倒せたな。
回復魔法が使えなかったら危なかったぜ……やっぱ数の暴力相手に被ダメージ0は不可能だ。
うめぎ声をあげる元部下のヤツらをよそに、村人たちが駆け寄ってくる。
「「か、回復魔法が使える高貴な僧侶様だったとは!」」
「「これまでの非礼、お許しくださいませ」」
「さぞ高名な僧侶様なのでしょう。せめてこれを寄付金としてお納めください」
金貨5枚もよこされた日には、せっかく使えるようになった回復魔法が使えなくなるかもしれん。
「いや、私がお預かりする寄付金は銀貨12枚までという規律があるんだ。それは頂けない」
「では、言われた通りに……(チャリン)」
パン1つが銀貨1枚だから、もって5日がいいとこ。
これしか貰えないのはキツイが魔法を使えるのは新鮮だし、偽僧侶をやってみるのも面白いかもしれん。
「じゃ、俺はこれで。またいつかどこかでな、村長」
「本当にありがとうございました、せめてお名前を!」
「名乗るほどの僧侶じゃねーよ」
―それから名前を告げないない風変わりな僧侶が、各地でよく噂になった。