第7話(1200年2月) 頼朝の弟分
◇◇梶原平三景時視点◇◇
参河国国衙の物見櫓で俺は頭をかいていた。
――負けるのは時間の問題だな。
矢の雨の中、損害も顧みず塀を越えようとする安達軍の勢いを見て、敗北を予感した。隣で指揮をする反乱軍の頭目・室平重広が驚いている。
「なんという力押し。しかも、敵兵が強い。我らが追い払った兵と同じとは思えん。テロリ殿、これはどういうことなのだ」
「見ろ。安達藤九郎は一番危険な場所に身をさらして勇気を示し、退く味方を斬って恐怖を与えている。兵はがむしゃらに戦うしかない。損害のことなど考えない猛攻だ――室平殿、火を放て。そうすれば、安達の勢いも多少は落ちる。その隙に味方を逃がそう」
「それはできぬ。せっかく手に入れた国府が焼けてしまう。安達も国衙に火矢を打ち込んでこない。敵が火を使わないのに、こちらが使えるか! ここは我らが土地なのだぞ」
俺はため息をつくと物見櫓から降りる。下には陸丸が待っていた。左手を伸ばすと、陸丸がニコニコしながら銃を渡してきた。
「やっぱ、カルラ様は凄いや。言ってた通りになった。お館様より賢い――あ痛っ!」
生意気な陸丸にゲンコツをくれた後、頭上に向けて銃を撃った。
聞きなれない銃声に敵味方の兵は一瞬止まったが、すぐに戦いが再開された。この時代の国衙は大きな館のようなもので、防御力は後世の城とは比較にならないほど低い。半刻ほど経つと、安達軍が一人、また一人と塀を乗り越えてきた。俺は国衙の奥へ進むと、広場の真ん中に高札を立てた。
「何が書いてあるの?」
屋根の上に昇って戦況を眺めている陸丸が聞いてくる。
『――安達二代は寝取られ大将。藤九郎一人で国分寺に来い。さもなくば、国中に秘密を触れ回る――』
「安達藤九郎を誘う罠だ。効き目はかなり怪しいがな。それより煙は見えたか?」
「うん、東・北・南から国府を囲むように火が上がってる。凄い勢いだよ。あはは、敵も味方も驚いてる」
「義経のやつ、味方ごと安達を焼く気だな」
義経は参河国に微塵も執着していない。安達や室平は土地を巡って争っているが、義経は勝利のみを目的にしている。やつだけが『一所懸命』の考えにとらわれていない。しかし、それでは――。
「お館様、早く逃げようよ」
「反乱軍を助ける。西へ誘導させろ」
「えー! 西はカルラ様が殺す気で待ち伏せしてるよ!」
「だから、先に行って、義経に伏兵を止めるよう伝えるんだよ」
陸丸が渋っていると、妾屋敷から、小袖を羽織った妾たちが飛び出してきた。
「女。危ないから、屋敷に戻っていろ。そこまでは火が回らん。命を大事にして、戻ってきたご主人様に可愛がってもらうんだな」
髪を縛った女が首を振った。
「アタシたちも連れてって!」
「どういうことだ。さっきもそうだったが、俺にはお前の話がさっぱりわからん」
女が俺に近づき耳元でささやく。
「――そういうことか。やはり、藤九朗は……」
陸丸に女たちを任せると、渋っていた態度を一変させ、「オイラに任せて!」と胸を張った。このマセガキめ。
俺は再び銃を上に撃ち、「焼け死にたくなければ、西へ逃げろ! 西へ! 西へ!」と叫んだ。
乱戦と放火により指揮系統が混乱していた反乱軍は、誰かの指揮を求めていたのだろう。俺の指示を待っていたかのように、西へ向かって遁走した。
戦いを叱咤していた安達盛長が「火を消せ! 国府を守るのだ!」と、命令を変えた。俺は先ほど立てた高札に一文を書き加えて、つぶやいた。
――罠は完成せり。
煙にまぎれて逃げるとき、安達盛長が叫んで、高札を叩き割る音が遠くで聞こえた。
◇◇◇◇
参河国府の西はずれの丘で、国衙から逃げてきた反乱軍とともに俺はいた。その横には煤で黒くなってしまった鎧を着た室平重広が義経に食ってかかっていた。
「火を放ったのは、カルラ殿なのか!」
義経は木に身体をもたれかけ、涼しい顔をしている。
「ああ、そうだよ。キミが安達に勝てれば何もしなかった。けど、参河国を命を懸けて守ると豪語しながら、負けるのは時間の問題だった? そうだよね、平三」
俺はうなずく。勝てないと判断したときは銃を撃って知らせる。俺と義経で決めていたことだった。室平が憤慨する。
「だからといって、あそこまで焼く必要は!」
「チェッ、文句じゃなくて感謝しなよ。キミは殺されるか焼け死ぬかの二つしかなかった。でも平三が頼むから、安達ごと焼くのを止めてあげたんだ。でもそんな態度なら、敗軍の将として落とし前をつけてもらうよ」
義経は大きな麻袋を指さした。麻袋には縄がついており、馬の鞍に繋がっている。麻袋の中に人を入れ、死ぬまで馬で引きずるモンゴルの処刑方法の一つだ。
武蔵坊弁慶がとまどう室平の背後に回り肩を掴む。
「やめろ、カルラ。安達盛長は俺が殺す。それでいいだろう」
「大将が死んだとしても安達軍はいるよ? 安心して米を運べない」
後ろに山積みにしてある物資を義経は指した。前もって国府から持ち出していた物だ。
室平が弁慶の手を払って言う。
「我らに殿軍をさせてくれ。命がけで米を守る。それが落とし前だ!」
◇◇◇◇
その日の晩、参河国の国分寺の境内で待っていると、月明かりの下、一人の武士が荒々しい足音とともにやってきた。俺はハットのつばを上げて顔を見せた。
「『――安達二代は寝取られ大将。一人で国分寺に来い。さもなくば、国中に秘密を触れ回る――妻の愛に気づかぬ愚か者へ』。あの立札は平三だったのか……。だが、これで合点がいった。おぬしなら知っていてもおかしくはない」
「馬鹿正直に一人で来たのか。安達藤九郎。臆病を嫌うお前らしい」
「我が家の恥を他者に聞かれてたまるか! 戦で勝てぬなら、大勢の前でわしの秘密を言ってから死のうと考えたのだろう。だが、その手には乗らぬ」
安達盛長が太刀に手を掛ける。
俺は懐から誅殺状を取り出した。
「安達藤九郎盛長。頼朝公の命により誅殺する」
安達はじっと誅殺状を見た。
「確かに頼朝公の筆。だが、なぜだ。頼朝公はわしを弟分として可愛がってくれていた。わしも頼朝公が望むなら何でもした。我が妻さえも――」
「秘密の浮気相手として差し出した。俺は驚いたよ。そうまでして忠誠心を示すのかと。だが、時が経つにつれて頼朝公はお前が恨みを抱いていると感じた。それが誅殺の理由だ」
「わしから差し出したのだ。恨みなどあるはずない」
「――俺は同情しているよ。頼朝公の浮気癖はひどかった。同じぐらい政子様の嫉妬もひどかった。浮気相手に対しては家を壊して追い払うほどの制裁を加える。その効果は絶大で政子様を怖れて頼朝公に近づく女子はいなくなった。だが、頼朝公は浮気を諦めきれず知恵を絞った。どうしようもない御方だよ。
そしてお前にこう言ったはずだ。『そなたの妻を好いている。譲ってほしい。だが、決して離縁してはならぬ。代わりにそなたを余の弟として扱おう』と。それから頼朝公は政子様に対し、弟分に会うためと言って浮気通いを始めた。
政子様は勘がいい。すぐに浮気を疑った。でも、他人の妻を証拠も無しに追放することはできない。だから腹いせにお前が妻を寝取られた情けない男という噂を流した。武士にとっては屈辱的な噂だ。それからふぁったな。お前が誰もよりも勇猛であることに拘り始めたのは。結果、猛将として怖れられ、陰口をする者もいなくなった」
「そうだ。結果、わしにとって良かったのだ。妻にとってもな。貴様も知っておろう。その当時、鎌倉に流れたもう一つの噂を」
「ああ、そうだな……」
――俺の胸がチクリと痛んだ。




