第4話(1200年1月) 大蒸気船「ペリー号」
鎌倉時代は不便なことばかりだが、うれしいこともないわけじゃない。目の前に広がる海もその一つだ。相模沖はエメラルドグリーンとまではいかないが、21世紀の海とは比較にならないぐらい澄んでいる。夜空の星の輝きも大きい。だが、残念ながら今は星が隠れていた。船から上がる黒煙が邪魔をしている。
俺が乗っている、3本マストの蒸気船「ペリー号」は全長100m。この時代では類をみない大型船だ。俺が播磨国(兵庫県南西部)守護になったときに、蒸気機関の研究と隠居後のクルーズ旅行のために建造した西洋船もどきだ。何度も船大工にイメージを伝え、苦労の末に完成した。
しかし、ペリー号に、俺が乗ったのはたった数日間だけだった。義経たちをモンゴルへ逃がすために手放さざるを得なかったからだ。
陸丸のいる武器庫をのぞくと、硫黄のにおいが鼻をついた。
「お館様、もう火薬に困ることはないよ。それにこれ見て。大陸の武器で鉄砲って言うんだって。おもしろいよね!」
陸丸は目を輝かせながら20センチぐらいの玉を渡してきた。導火線が出ており、ボンバーマンが使いそうな武器だ。外側は土器でできている。
「良かったな、陸丸。ところで、私物の箱をいくつか船に持ってきたはずなんだが、1つ見当たらなくてな。お前知らないか?」
「『絶対触るな』って張り紙がしてある箱なら、義経様が運んでいるのを見たよ」
あの野郎! おれは武器庫を飛び出した。船長室にノックもせず入る。案の定、義経は大きな机の上に面を何枚も並べていた。老若男女から獣、鬼や神まである。
「俺のコレクションに触るな!」
「よくできてる玩具だねー」
「玩具じゃない。芸術だ! 今をときめく仏師集団の慶派に頼み込んで、ようやく作ってもらったんだ」
「へー、これなんかおもしろいよね。鶏の神様かな」
「迦楼羅天。神鳥ガルダだ! お前みたいな無知なやつが触るな、さあ離せ」
「ケチ、一個ぐらいいいだろ!」
義経はしっかりつかんで離さない。この野郎、いい加減にしろよ。
メキメキ……。
えっ、なんだメキメキって?――次の瞬間面が二つに割れた。
「あ--------っ!!!!」
迦楼羅天の下くちばしから顎までの面だけが俺の手にあった。力が抜け、へなへなと座り込む。
「ご、ごめんってば。あっ、ちょうどよかった! 僕も正体を隠す必要があったから、これを使おう。大事に使うよ。ありがとう! うれしいなー」
義経は迦楼羅天の上半分を顔につけて言った。
何だ。そのフォローは。フォローになってないぞ。しかし――義経の見た目には中二心をくすぐるカッコ良さがあった。
「いいじゃん、それ。俺がつける。寄越せ」
「絶対嫌だ!」
ガキか! 強引に奪ってやりたいが、再び面が割れたら取り返しがつかない。俺は他の面も取られないよう、素早く回収すると箱に詰めた。そのときに、俺は中二心をくすぐるもう一つのアイテムを見つけた。
火縄銃を作ったときに、京都の河原者に作ってもらったっけ。「父上がこんなものを被ると恥ずかしい」と息子たちに大反対されて、隠し村だけで楽しんでたけど、もういいよな。テロリストだし。
「やっぱ銃使いと言えばこれだな! 俺はこれで顔を隠す」
俺が取り出したのはカウボーイハットだ。目深に被る。
「アハハ! 変な笠。それじゃ前が見えないよ」
「こうすればいい」
つばに切り込みを入れ、右目だけが見えるようにした。
「イカしてるだろ? 銃の狙いも良くなる(気持ち的に)」
義経は首をかしげる。まあいい、こいつは戦馬鹿だ。センスはない。
「ところで、静御前の姿が見えないが、モンゴルに置いてきたのか?」
「ずっと客室にいるよ。平三を見ると肌が荒れるから会いたくないんだってさ」
「ずいぶんと嫌われたもんだな」
「天下取りの戦で、僕が側を離れることも嫌がっている」
「俺も同意見だ。100足らずの兵で天下取りなど無謀だ。だいたい――」
「三浦介を倒すのを手伝ったよね。次は平三が僕に協力する番だ。そして、僕が聞きたいのは兵が少ないって批判じゃない。兵を増やす話だ」
義経がもう話は終わったとばかりに、恩着せがましく言ってきた。コイツはこうやって強引に現場のペースを握ってくる。
俺は壁に張られた日本地図を見て考える。現代の記憶を元に俺が書いた雑なものだが、それでも伊能忠敬の地図が出てくるまでは、日本一の精度には違いない。
視線を鎌倉から西へ動かしながら考える。最も幕府になびかないのは、後鳥羽上皇がいる朝廷だろうが、兵とは違う。平家の地盤だった西国に行くのが手堅いだろう。俺の旧守護国もある。そう言おうとしたとき、義経が言った。
「平三の目線が西国へ動く途中で止まったね? どこ?」
目ざとい奴め。そこは頭の中で考えて却下した場所だ。なぜ気づく。
「参河国(愛知県東部)だ。この国には幕府と頼朝公に不満を持つ武者が多い」
「蒲の兄上が国司として治めていた国だね」
源範頼。別名・蒲殿。義経の異母兄で、平家討伐では、義経の搦手軍に対し、大手軍を率いる大将だった。美味しい手柄を義経に奪われながら、兵糧不足、慣れない戦地での諸将の統制など、難しい仕事を我慢強くこなした。
戦後、参河国司を任された範頼は内政を良くし、郎党や領民から慕われたが、七年前に謀反の疑いで誅殺された。
「そうだ。善政を敷いた参河国は、今でも源範頼の無実を信じ、慕っている豪族や民が多い。昨年に守護に対して反乱を起こし、まだ完全には鎮圧されてはいない」
「参河国の守護は十三元老だったよね」
「そうだ。安達藤九朗盛長。又の名を美女狩り藤九郎。だが参河国は関東に近い。騒ぎが大きくなればすぐに鎌倉から増援が来る。危険だ」
「平三は、十三元老を討ちたいんでしょ?」
「そうは言ったが――」
懐の中の誅殺状を触る。なぜ、誅殺状の名簿と十三元老が一致しているのか? まだ疑問の手がかりすら見つけられていない。
「じゃあ、誘い出す手間がはぶけていいね。十三元老を各個撃破できる好機だ。決めた!参河国で兵を増やそう」
「おい、待てよ!」
義経は立ち上がると壁の伝声管に向かって言った。
「弁慶、船を参河国へ向けて」
俺は椅子を蹴る。昔からいつもこうだった。同じ事実を目の前にしても、義経は俺と逆の答えを出す。
さらに腹立たしいのは義経の作戦が必ず当たるということだった――。




