第52話(1200年12月) 「稽古場の風景」
◇◇お亀視点◇◇
竜宮屋の道場で目を覚ます。また稽古中に気を失っていたんだわ。あの御方の前で恥ずかしい。横では菊ちゃんがまだ倒れていた。目の前に木綿の布が差し出されたので、慌てて平伏する。
「陛下、私のような下女にお構いなさらないでください」
「面を上げて汗を拭け。ここでは、お亀も朕も同じ弟子だ。それにそなたほど動ける者は西面の武士にもそうはおらぬ」
「そうでしょうか?」
私は陛下の後ろで、宙を舞う静御前と零夜叉を見た。あの二人はきっと私が気を失っている間も舞い続けている。
「あれは人ではない。比べてはならぬ」
陛下は苦笑しながら、私の汗を拭いてくれた。
「もう少し上手くなったら宮城に招いてやろう」
「本当ですか!」
「ああ、お菊とともに来るが良い」
お菊ちゃんもいっしょか……。そうよね。陛下は誰にでもお優しいもの。
◇◇静御前視点◇◇
零夜叉との稽古は何物にも代えがたい。わらわより早い動きを見ることなどないからだ。久しぶりに生と死の領域に入れるかもしれない。
零夜叉が舞いながら言った。
「……御前、上皇の才をどう見る」
「一流の器だと思うわ。だけど、本物にはなれない」
「……死の際まで入ってこようとせぬ」
「自信家なのよ。我を忘れるなんて真似はできない。命の危機が訪れれば別だけど、あなたに守られているうちは、そんな場面はこない。そうではなくって?」
「……大事な体だ。失うことは許されぬ」
「だったら、高望みはしないことね」
「……生贄が欲しい。例えばあの女ども」
零夜叉は亀ノ少将と菊王を見た。
血が激流に変わる。
「いい挑発ね。我を忘れさせてくれるわ!」
わらわの脳が弾け、肉体が生死の領域にはいるのを感じた。
◇◇梶原平三景時視点◇◇
竜宮屋の裏手から、零夜叉に見つからないよう、お亀とお菊に案内され入っていく。
「お亀、まだいるのか上皇は」
「ずっとではありませんわ。毎月、月の無い夜にこられて、満月の夜に宮城に戻られます。それと、陛下を邪魔者のようにおっしゃらないでください」
お亀とお菊に睨まれた。この四カ月の間に親しくなったらしい。
横を歩く薫にささやく。
「あの二人は上皇に調略されたかもしれん。気をつけろよ」
「たぶん、違うわ。テロリ様は鈍感だからわからないと思うけど」
静御前の私的な間に入ると、壁中に貼ってある義経の人相絵を見てギョッとした。大勢の義経に見られているようで落ち着かない。高衡が静御前の機嫌を直してもらうときに、人相絵をプレゼントとしているとは聞いていたが……。
「幸せな気持ちになるでしょう? 潤に描いてもらったの。あの子は彫るだけじゃなく、絵の才能も豊かよ」
安達藤九郎の妾だった潤の才能は、快慶に学んだことで開花し始めている。
「この記事を見てもらいたいのだが」
静御前は一瞥するとあくびをした。
「政治のことばかりじゃ、退屈だわ。アナタは進歩ってことを知らなくって? そうねえ、娯楽記事も入れなさい。武士の嗜みと言えば何かしら?」
「そりゃあ弓矢の的当てだろう。三十三間堂の通し矢が有名だな」
「いいわね。瓦版を配るとき、各国での的当ての記録を聞いてきて、それを載せるのよ。己の勇名が全国に喧伝される。そう思う武士は自分の名が載っていないかと瓦版を読むようになるわ」
この時代のスポーツニュースか。自分の経験しているスポーツなら、一流選手の記事は気になる。そして的当ては武士がみなやっているスポーツだ。
「これで用は済んだでしょ。視界から消えてくださるかしら」
憎たらしい女め。しかし、人を楽しませるアイデアは、俺の数段上だ。無理やり笑顔を作り「また、よろしくねー」と媚びて見せたが、静御前はこっちを見もしなかった。
次は俺も義経の人相絵を持ってこなければいけないかもな……。




