第50話(1200年12月) 「仏師快慶」
◇◇二階堂民部大夫行政視点◇◇
平安京七条仏所の工房では慶派の仏師50人が小刀を持って木と向き合っている。私は善信入道の死体が淀川で見つかった後、京都守護所には戻らず、この工房に身を寄せていた。
「三代目将軍が決まったのに、ここにいちゃあマズイんじゃないですか?」
「気が向いたら働くわ。快慶ちゃん、それよりも西国の話を聞かせて」
運慶・快慶がいる慶派仏師には、日本各地の有力者から仏像の依頼がやってくる。自然、ここにいれば各地の情報に触れられる。
「小山朝政の軍が席巻しておりますな。中でも源カルラという侍大将が風神と呼ばれる強さのようで」
「情けない話だわ。討たれる守護も、おとなしく従う地頭たちも」
「それが――従うもなにも、小山軍は守護を置かずに去っているようです」
「支配者がいないってこと?」
「はい。ただ、落とした国府のいたるところに『西国の海と大地は西国武士のもの』と大書しているとか」
かつて関東武士も、朝廷から派遣されてくる国司に対して、ずっと不満を抱いていた。頼朝公は、それをうまく利用した。小山も真似をしているのだろう。
「それが大義名分ね。でも、小山は武家の棟梁の血筋でもないし、院宣も持っていない。だから西国武士の旗頭にはなれないわ」
「守護がいなくなった国では関東から来た地頭と国人地頭の間で対立が起こっています。さらに米をはじめとする品々の値が暴騰し、小山軍が去った後のほうが争いが激化しているとか」
「平安京の市場でも品の値は上がっているものね」
混乱を拡げていく小山の目的は何かしら? そもそも小山は真面目な忠義者で、策など考えられるような男ではなかったはず。だとしたら、裏に誰かがいるはず。
「快慶ちゃん、源テロリストという名は聞かなかった?」
快慶は首を振った。
結局は播磨を攻めないと謎は解けないってことね。幕府としても小山は見過ごせない存在になった。討たないと西国独立の火は他の国にも燃え広がっていく。
「――戦は嫌ね。美しくない」
快慶が彫った仁王像の前に立つ。
「美しいわ。まるで生きているよう」
「魂が宿るよう彫っている拙僧にとっては最高の誉め言葉です」
「そう。この仁王像には魂があるのよ。人のように死ぬことなく、何千年も生き続ける――アタシも迷ってはいられないわ」
工房の隅で女が彫っている姿が見えた。仏師の工房では女がいることすら珍しい。
「ああ、潤ですか。「ゑびす屋」の主人に頼まれて、教えているのです。なかなか筋がいいですよ」
「何を彫っているの?」
「面です。「ゑびす屋」でも工房を持ちたいようで。前は面などに興味が無かったんですけどねえ。いい売り先でも見つけたのでしょう」
面ねえ――何かが引っ掛かる。
「もう少し、快慶ちゃんの作品を楽しみたかったけど――」
「幕府に戻られますか?」
「ええ。その前にあの子と食事をさせてもらえる?」




