第48話(1186年) 回想「常陸沖」
相模国一宮・隠し村
板間を赤ん坊がハイハイしている。逃避行を続ける義経に赤ん坊を突っ返すのは危険だし、すでに父母はいないと聞いて、育てるしかないと思った。ここなら安全に暮らせる。赤ん坊を抱き上げると泣きだした。
「子が七人もいるのに、抱き方が下手だね」
「一人も育ててない。転生したときには、皆大きかった」
「ふーん、転生は本当なんだね」
「どうやって、関東を抜けるつもりだ」
「平三の船に乗せてってよ。戦わなければ協力してくれるんでしょ。頼朝のお気に入りの梶原景時なら、水軍に止められることもない」
港まで見つからなければ、そうかもしれん。悪くない案だ。
「奥州へ着いたら、もう一つの礼物をあげる」
◇◇◇◇
三日後、俺たちは海上にいた。義経一行は水夫姿に替えさせている。
「常陸国沖を抜ければ、陸奥国だ」
薫が前に見える船を指さして「かわいい」と叫んだ。
「州浜紋。八田家の家紋だ」
三角州を現している家紋らしいが、俺には超有名ネズミキャラを逆さにしたように見える。八田の船が近づいてきた。ご丁寧当主の八田右馬頭知家まで乗っている。
「こんな場所で梶原平三を見るとはのう。いい船だ。播磨の守護は儲かるようだの」
「怠け馬のお前が海まで出て働くとは珍しい。海風が銭の匂いでも運んできたか?」
「わしも守護になりたくてのう。わしの所領は下野国だが、もらえるなら海のある国がいい。頼朝様に海でも働けるところ見せなければいかん。食わせなきゃいけない子が多いと大変でのう」
「海の関守ぐらいで頼朝様の目に留まるとは思えんがな。お前らしくない地道なことをしている」
「シシシ、奥州藤原家への嫌がらせじゃ。商船や年貢を運ぶ船を見つけては追い返している」
平家討伐後、頼朝は奥州藤原家に対し、朝廷や公家への年貢を幕府を通して納めるよう要求している。京との直接的な繋がりを断ち、孤立させる政策だ。奥州藤原家としては陸路が閉ざされている以上、海路で運ぼうと考えるのは自然な流れだ。
そこに目を付けたのか。どうせ、追い返す前に何割か奪っているのだろう。奥州藤原家も秘密の行動なので、幕府に苦情も言えないからバレることもない。八田らしい稼ぎ方だ。
「じゃあ、俺は関係無いな。通してもらおう。頼朝様の極秘任務だ」
「だから、書状もないというのか。ん~、怪しい、怪しい。おぬしは昨年、頼朝様のお許しも無く、京都へ行った。此度も何かあるではないのか? 儲け話なら入れてもらわんとのう」
八田が指を鳴らすと郎党が弓を構えた。
「積み荷を見せてもらおう。奥州との闇商いなら、三割の品で手を打ってやっても良い」
義経が身を縮めるようにかがむ。景季が心配そうな顔で見る。
「問題ない」
二人にそう言うと、八田に向き直って言った。
「そんな安くていいのか。もっといい品をやる。頼朝様へ『八田はよくやっている』と伝えてやる。いい役目がもらえるかもしれんぞ」
「ふざけるな、そんな言葉が何の価値がある!」
俺は八田を睨みつけ、ニヤリと笑う。
「では『八田は常陸沖で悪いことをやっている』と伝えよう。翌年にはお前は謀反人だ。良かったな。死ねば子を食わす心配から解放されるぞ」
「――讒言者め」
八田は郎党へ弓を下げさた。
「通れ。くれぐれも頼朝様に良しなに」
悪名もたまには役に立つ。
俺の讒言は頼朝様に命令されたからで、自分から讒言したことは無いんだけどなあ……。義経の件があってからは、さらに恐れられるようになっていた。
「父上は讒言者ではありませんよ。私は知っています」
「ありがとさん」
とうとう、馬鹿息子に慰められるようになったか――。
船は俺の複雑な気持ちを乗せ、奥州へ入った。




