第46話(1200年10月) 「西国戦線」
◇◇室平重弘視点◇◇
兵糧を餌に裏切りを誘えば、無人の野を行くが如く進むだと。全然違うではないか!
義経軍四千で四国北部と敵の水軍攻略。守護代軍七千で山陽道攻略を担当することになったのだが、いきなり隣の備前国でつまずいてしまった。兵千を失ったのである。
「結構やられちゃったねー。義経様はもう淡路国と阿波国、讃岐国を落としたっていうのに」
「某の軍はカルラ殿のように船も無ければ、騎馬隊も無い。そして何より、備前国の守護は馬鹿でも欲深くも無かった」
「守護じゃなく守護の親父殿でしょ」
備前国と長門国の守護・佐々木重綱は凡庸だったが、名将と謳われた、父の高綱が運悪く戻ってきていた。佐々木高綱はテロリ殿の兵糧米買い占めの計に引っかからなかったばかりか、播磨で兵を集めているのを怪しみ、守りの備えまでしていたのだ。
某はいつもツイていない。
奇襲も兵糧攻めも通用しなかった。逆に少数の兵で播磨に侵入し、かく乱までしてきた。結局、山に砦を築いて守る三千の敵に対し七千でゴリ押しを続け、消耗戦を嫌った敵は、もう一つの守護国長門国へ退いた。
「オイラの鉄砲隊が無かったら、やばかったかもねー」
「感謝したではないか。耳にタコができるほど言いおって」
某の軍が攻め疲れたところを見計らうように、佐々木高綱が反撃してきた。それを鉄砲隊が迎え撃ったのだ。見知らぬ武器に驚いた佐々木軍は多くの死者を残し、山へ引き揚げていった。
「まあ、短い間に千の兵に銃の使い方を仕込んだのはたいしたものだ」
「姫たちの頑張りと、後はこれだね。お館様が作らせたマニュアルって紙」
陸丸が見せた紙には、絵図で銃の扱い方が描いてあった。これがあれば某でも撃てそうだ。テロリ殿が考えたことは他にもあった。栄光ある源氏の白旗に数字を書き入れていったのだ。せめて家紋にしてくれと頼んだが、「集まるのは俺たちの見知らぬ兵ばかりだ。侍大将の名や家紋を覚えるのは大変だけど、数字なら誰でもわかるだろ。陣も組みやすい」といって、譲らなかった。
「守護代様、壱番隊から九番隊まで支度できました」
備中、備後、安芸、周防の守護からは米の買い占めに成功していた。ここからは楽であってくれよ。
「よし、一気に山陽道を突き進むぞ!」
どうか手強い守護がいませんように――。
◇◇源義経視点◇◇
伊予国の国衙が燃えている。敵の大将が火を放ったのだろう。後は新兵に任せてしまえ。
攻め掛かる前はいつも、ぞわぞわした快感が背筋を上ってくる。そして敵が混乱する様を見たときに、僕は絶頂に達する。だが、その後はどうでもよくなるのが常だった。虚無が襲ってくる。
寺に預けられている稚児のころから、物を壊し、人を驚かすのが好きだった。寺人が僕を折檻してくれるからだ。そのときだけ孤児であることを忘れられる。おしおきが終わるとまた独りぼっちになった。
母は常盤御前といった。赤子のときに寺に預けられ、物心ついたときには、父の仇である平清盛の妾になっていて、僕は父親ごと捨てられたと思った。
奥州藤原氏から誘いが来たときには、即座に「行く」と答えた。京都では平家が全盛を迎え、だれも相手にしてくれなかった。まるで僕が見えていないかのように。
兄上が挙兵に駆け付けると、涙を流して喜んでくれた。上辺だけじゃない絆を生まれて初めて感じた。兄に逆らう者はすべて壊してやると心に誓った。
戦は自分の性格には合っていた。敵を壊し、驚かした後は折檻ではなく賞賛が待っていた。多くの人が僕との繋がりを求めてきた。あの後白河法皇でさえも。
平家を壊した後、静に出会った。僕のすべてを認めてくれる女性。恋人であり、母だった。僕は平安京で生まれたときに失った欠片をすべて取り戻したと思った。
でも僕が満ち足りた時は短かった。大好きな兄上に捨てられると、周りに寄ってきた人々はすべて去った。残っていたのは静と、大嫌いな梶原平三だけだった――。
「平三は鎌倉、静は江口。褒めてくれる人がいなきゃ、勝った後が空しいよ――弁慶は口下手だしね」
隣の弁慶が困った顔をした。
「でも、平三と違って、口うるさくないところは好きだよ。さあ、ここは後続の新兵に任せて、早く豊後を攻めよう」
心の穴が広がる前に――。




