第45話(1200年10月) 「割れる御璽」
◇◇比企藤四郎能員視点◇◇
大倉御所から二代目を連れて出た我は、上野国へ落ち延びようと手勢百騎と共に駆けていた。
ようやく、上総介を越える男になったのだ。我の天下を、夢を、十日足らずで終わらせるわけにはいかぬ。
「二代目、お気を確かに。もうすぐ武蔵国へ抜ける朝比奈切り通しです。五十騎を後詰に残せば、北条の追撃も抑えられましょう」
武蔵国でも多くの敵がいるだろう――。
自慢の長太刀を確かめる。
二代目は高揚しているのか顔が紅潮していた。
「おかしなことだが、余は生を実感できている! 父・頼朝の嫡男として生まれ、危機など感じたことがなかった。だから、人の痛みがわからなかった。再び政治の舞台に戻ったときには、比企の期待に応える名君になってみせる!」
悪いことばかりではない。二代目は良い将軍に変わろうとしている。
「ところで、白馬に白の鎧は目立ちすぎる。替えてはどうか?」
「命より、捨てなくないものがあります」
「曇りなき藤四郎の誇りか。余も将軍の――」
隣を並走する二代目の体が、弾けて消えた。
「二代目!!」
馬を降り、二代目を抱き起こす。二代目は具足を着ていない。胸元を探ると、御璽に鉛玉がめり込んでいた。尼御台を殺した武器と同じだ。
上総介が二代目を守った。しかし、我は守れなかった――。
二代目は首が折れて事切れていた。
背に衝撃がいくつも走る。白絹が赤く染まっていく。
振り返って切り通しを見ると、土砂と大木の上に奇妙な笠を被った男が書状を拡げ叫んでいた。
「比企藤四郎! 頼朝公の命により、お前を誅殺する!」
「貴公がテロリストか。その呪物、誰から奪った? くだらない。これに比べれば!」
我は上総介の御璽を手に取って掲げた。
我は今悟った。関東から逃げて、何が誇りか!
見ろ、白絹は血で紅に染まろうとも、御璽の輝きはいささかも衰えぬ!
「呪物とは何だ! 藤四郎!」
「関東に背を向けて死んでは、上総介に笑われる」
馬を返し、残った手勢とともに鎌倉へ向かう。
すぐに追っ手が見えてきた。あれは江間四郎義時か。
いいだろう。貴公を道連れに連れて行く。
長太刀を強く握りしめる。だが、次の瞬間には右腕が消えていた。
「早いもの勝ちだ、義時」
江間の後ろで和田小太郎が強弓をひく姿が見えた。左手で咄嗟に御璽を前にかざす。
次の瞬間、輝き続けた国璽が二つに割れた――。
◇◇梶原平三景時視点◇◇
両側が壁のようになっている朝比奈切り通し。その上から降ろされた縄梯子を掴んで昇る。
「藤四郎の郎党が全滅したら、こっちにくるかもしれん。薫、すぐに逃げるぞ!」
「真ん中で殺しまくっている、褐色の男が和田小太郎なんでしょ。あんな男なら躊躇なく撃てる!」
「あんなに、動きまくっていて当たらん。それに――」
銃声が響く。
しかし、和田小太郎には当たらなかった。薫が再び照準を合わせる。
小太郎こちらを見た。マズイ!
「みんな伏せろ!」
薫の頭を抱きかかえて伏せる。
凄まじい風切音がしたかと思うと、バキバキと音を立てながら大きな枝が何本も落ちてきた。
「やつ強弓は威力が違う。この銃では大人と子供の差だ」
「伏せながら撃てば、アタシたちには当たらないわ!」
「しばらくしたら、小太郎の郎党が放つ山なりの矢が降ってくる。崖も登ってくる。そうしたら、俺は逃げる自信が無い」
俺は脚に巻かれている布を触ると笑った。
「ごめんなさい。隠し村まで結構歩かなきゃいけないものね」
「途中で千幡が幽閉されるはずだった寺で飯でも馳走になろう。たっぷり寄進したんだ。匿うぐらいはやってもらわないとな」
以前なら俺の方が小太郎を撃つと意固地になっていただろう。薫と共に行動するうちに、俺の復讐心が少しずつ変化していた――。




