第44話(1200年10月) 「反転」
◇◇北条四郎時政視点◇◇
今は生き延びたことを喜ぼう。五年耐えれば、また機会も巡ってこよう。
手勢二百とともに参河国を進んでいく中、わしは輿の中でぼんやりしていた。眠れてないのである。ここまでの道中、泊まるたびに、妻の牧の方は泣いてわしを非難した。わしは毎晩謝った。藤四郎のときとは違い、心からの謝罪だ。わしは、義時にすべてを任し、京都へ着くまでは、妻をなぐさめることに専念していた。
瓦版という紙を手に取る。近頃、商人が商いのおまけとして配っているらしい。それを義時が「旅のなぐさみになれば」とくれた。『頼朝の呪いか? 幕府元老六人が連続死』。くだらぬ内容だが、妙に当たっているところもある。死者の中に比企藤四郎能員の名があり、わしの気を晴らしてくれた。
輿の外から義時の声がする。
「父上、参河国府に寄ります」
そうか、参河は安達藤九郎盛長の死後、後を継いだ安達弥九朗景盛が守護をしている国だった。
「そうだな。味方してくれた弥九朗にも迷惑をかけた。一言謝らねばならぬ」
参河国府の国衙(政庁)に近づいたのだろう、外が騒がしくなってきた。馬のいななきも多く聞こえる。
「馬のいななきだと?」
御簾を上げると、周りは武装した兵と軍馬でひしめきあっていた。慌てて輿から降りて、義時の姿を探す。
「義時、これはどうゆうことだ!」
「父上、こちらです」
声がした方を見ると、鎧を着た義時と安達弥九朗。それに――。
「千幡様を連れてきたのか!」
「もう、千幡様ではございません。元服して、実朝様と名乗られました」
頭が追い付かない。わしの息子は何を考えているのだ。
「実朝様を総大将にし、鎌倉に攻め入ります。遠江、駿河、伊豆も加われば兵は九千を越えるでしょう」
動きが早すぎる。政子の葬儀の前から手を打たねば、ここまでの準備はできない。
「はじめから、そのつもりだったな! なぜ、わしに黙っていた!」
「遠江、駿河と北条の守護国を通る際、比企の手の者がずっと父上を見張っておりました。父上に少しでもおかしな動きがあれば勘づかれます」
わしは釈然としないまま、国衙の中に案内されると、文机の上に紙と筆があった。
「何を書けば良いのだ」
「朝廷に対し、二代目が病で亡くなったので、実朝様が三代目を継ぐことになった。それを認めるようにと、お書きください」
「二代目はまだ生きておる。嘘とわかれば、朝廷は怒って二代目の味方をするぞ」
「朝廷の勅使が、鎌倉に来る前に終わらせます――二代目を殺しても、悲しむ人はもういない」
◇◇比企藤四郎能員視点◇◇
我は北条が軍を率いて攻めてくると聞き、鎌倉口の西側、化粧坂・大仏坂・極楽坂の切り通しに、百騎ずつ配した。山を切り通した道は大軍の運用がきかず、少数で守りやすいとはいえ、兵が足りぬ。もう手元には二百騎しか残っていない。
尼御台の葬儀を終え、北条に勝利し、集まっていた御家人を国へ返した後でなければ、まだ兵がいたものを……。まさか、北条はこの機を狙っていたのか?
今から守護国の信濃、上野に使者を飛ばしても軍は間に合わない。
「比企よ、大江が政所の扉を閉めて会おうとせぬ。余は見捨てられたのか!」
不安なのだろう。二代目はすがるように上総介が造った御璽を握っていた。
「勝てば政所の扉も開きましょう。和田小太郎に会ってきます」
侍所には袖切りの直垂を着た和田小太郎義盛と息子たちがいた。三浦一族は鎌倉のある相模国の守護。和田の協力を得られれば兵を集められる。
「侍所別当、よく来てくれた。貴公の求める強い敵が間もなくやってくる。二代目のために黒金剛と呼ばれるその力を見せよ」
「そそらんなあ。北条など数が多いだけ。俺様がここにいるのは手柄首の特等席だからだ」
和田小太郎は右手を前に出すと、手の中にある胡桃を握りつぶした。
「貴公も裏切るというのか!――」
「三浦介義澄の後を継いだ、平六義村が江間義時に味方した。貴様に味方をすれば、俺様が長をつとめる三浦一族が二つに割れてしまう」
北条は鎌倉の中立派の中にも毒を仕込んでいた――。
「藤四郎。同じ十三元老の誼だ。一刻だけ待ってやる。その後は――貴様は俺様の獲物だ」
なんということだ。鎌倉内で戦いが起これば切り通しで守っていても意味がない。すぐに兵を集め、上野国に向かわねば――。
戻ってきた伝令にそう命令しようとすると、先に伝令が叫んだ。
「報告! 極楽坂を守っていた、八田殿が寝返りました!」




