第39話(1200年8月) 「元老会議②」
◇◇八田筑前守知家視点◇◇
わしが大倉御所の二代目の私室に入ると、二代目と比企藤四郎能員がいた。
「筑前守への推挙、感謝、感謝の極み。この八田。いや筑前守は喜んで二代目に取り込まれまする」
「二代目の御前である。下種な物言いは止めよ。貴公の働きによって推挙したにすぎぬ」
「シシシ! 失敬、失敬」
比企め、白々しい。わしはなんも働いてはおらぬ。筑前守は手付金であろうが。曇りなき藤四郎。綺麗ごとに拘る、めんどくさい男ではあるが、旧上総介派の後継者として支持する御家人も多い。そして何と言っても二代目の乳母夫であり、外戚である。我慢してついていけば、楽をして所領を増やせる。そう思ったが――。
二代目がやたらと咳をしているのが気になる。
おいおい、勘弁してくれ。元気でいてもらわねば、わしの計算が狂う。
比企が二代目に薬湯を渡す。
「今日の元老会議だが――」
打ち合わせの後、わしと比企は連れ立って元老の間へ向かった。
元老の間に入ると、すでに三人がいた。足立遠元には連絡がつかず、北条時政は病のため出仕せず、二階堂は姿を消しているので、参加者は五名だけだ。
・大江広元(政所別当)
・和田小太郎義盛(侍所別当)
・江間四郎義時(元寝所警護衆筆頭)
進行役を務める大江広元が口を開く。
「六波羅から連絡がありました。江口の色里で善信入道が殺され、二階堂殿も行方不明です」
みな驚きはしなかった。十三元老は個々に情報源を京都に持っている。知りたいのは詳細だ。
「江口の色里だと? 安達藤九郎ならわかるが、堅物の入道が行くとは。ああ見えて根は好きものだったということか。笑える話だ」
胡桃を手でゴリゴリ言わせながら和田小太郎義盛が言った。
「いいえ。途中まで見ていた京都守護の兵によると、色里に人を捕まえに行ったようです。相手は静御前」
「ほう。ずいぶんと懐かしい名を聞くものだ。我が捕えたときは、実に美しい女だった」
「義経の女か。あれはいい女だ。体の動きが尋常ではなかった。体がもう少し大きければ息子の嫁にしたがったんだがなあ……。しかし、女一人を捕えられない入道じゃあるまい」
比企と和田がそれぞれ感想を述べる。
「その場に上皇がいたようです。兵によると、上皇と善信入道が、互いに相手を裁くと口論になったそうです。そこで朝敵になりたくない兵たちは、二階堂とともに引き上げた」
「善信入道が上皇を裁こうとした。頼朝公でさえ手出ししなかった上皇をとうとう――」
比企が感慨深い声を上げた。
「慣れぬ酒を飲みすぎたのか? そうでなければ気が狂うたとしか思えぬ」
まったくだ。上皇を裁いたところで、何の得にもならぬ。もらえるのは悪名と恨みだけだ。
「善信入道をそこまでさせたのには理由があるはずです。おそらくは――上皇ご謀反」
大江のことばに皆が唸った。しかし誰一人として、上皇ご謀反という言葉に矛盾を感じている者はいない。元老には幕府こそが天下の主催者という自負がある。
「どうする? 一人文殊」
和田が大江の二つ名を呼んだ。皆が大江を見る。幕府一の智者と認めているからだ。
「上皇を裁きましょう」
「賛成だ! 二代目を総大将にして上洛しよう! この比企が先陣となり、朝廷を地上から消し去ってくれる!」
「お待ちを。亡き兄上のごとく、後の先を取ります。まだ、西国には非御家人が多い。なので、この際、上皇に西国の豪族といっしょに立ち上がってもらいます。まとめて倒せば、西国も完全に幕府の支配下にできるでしょう」
思わずツバをごくりと飲んだ。これでまた、わしの所領が増えるわい。
江間が静かに言う。
「危険は高くなりますが――」
大江が皆を見渡す。
「おのおの方に問う! 危険はお嫌いか?」
「「「「望むところ!」」」」
体に武者震いが起こる。久しく忘れていた感覚だ。隣でメキリと胡桃が割れる音が聞こえた。鳳凰の間にいる全員から気が立ち昇るのを感じた。
いかん、いかん。興奮して、仕事を忘れるところだったわい。
「となると、誰が京都守護になるかだが――」
わしは比企との打ち合わせ通り、会議を進めた――。
◇◇北条四郎時政視点◇◇
自邸の縁側で息子の江間四郎義時からの報告、わしは苦々しく聞いていた。
「なあーにが、『危険は望むところ』だ。一番危険な京都守護職をわしに押し付けて、よく言える」
「八田殿が推薦されました。前に父上が京都に兵を出してもよい、と言っておられたことを覚えておられたようで」
「怠け馬は、比企につけば楽に稼げると踏んだな。兵を多く連れて行けば上皇は挙兵しない。少なければ挙兵を誘えるが、真っ先に狙われるのは京都守護だ。わしに生贄になれというようなものだ。何より、元老が減ったこの状況で、わしが鎌倉を離れれば、比企に北条を滅ぼされかねん。小賢しい策だ。しかし――」
あの怠け馬は嗅覚だけで大きくなった男だ。やつの読みは無視できない。
京都を放置した場合どうなるか。上皇が兵を挙げたとしても、幕府は勝つだろう。そして北条は負ける。上皇の戦いで二代目体制が盤石になった場合、あの千幡を三代目に担ぎ上げる隙はなくなるからだ。
中庭で遊ぶ千幡を見た。そうなれば、あの孫も頼家に殺されることになるだろう。
だとすれば、上皇が挙兵するまでに、わしが動くしか勝つ道はない。急いては事を仕損じるというが……。
「父上、また新しい玩具を買ってくれたのですね!」
十一歳になる政範が馬の玩具を持って駆け寄ってきた。わしと愛妻の結晶だ。
「義時、幕府には病が癒え次第、京都に参ると伝えよ」
「よろしいのですか?」
「真に受けるな。今は時を稼ぐ――それから悪禅師殿を呼べ。千幡様の乳母夫として命懸けで働いてもらう」
一礼し、去っていく義時を見ず、わしは政範の頭を撫でた。
躊躇してはならぬ。愛する妻と誓ったのだ。この嫡男に天下を取らせると――。




