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梶原殿と12人  作者: キムラ ナオト
伍の元老 比企藤四郎能員
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第37話(1185年) 回想「潜伏」

 六波羅の中原邸の居間では、比企藤四郎能員が苛立ちを隠さずにいた。


「こんなところで無能をさらしてないで、貴公も少しは役に立ったらどうだ?」


「俺一人加わったところでなあ」


 無能はお前らだよ。五百人もいて、何一つ情報を掴めてないもんな。


 結局、義経は港にはこなかった。ただでさえ少なかった兵が散り散りになってしまい。今は十人足らずで吉野山に潜伏していた。


親能(ちかよし)、藤四郎に知恵を貸してやったらどうだ」


 荷物の整理をしている中原親能に声をかける


「しばらくは役目ことなど考えたくもない。私は今、一年間の休暇中だ。話しかけられるのすら、わずらわしい」


 親能は大仕事をした。守護・地頭の設置を後白河法皇に飲ませ、親幕府派の九条兼実(くじょうかねざね)の摂政への道筋をつけたのだ。幕府の大軍を背景にしての交渉とはいえ、相手は平清盛とも渡り合ってきた法皇だ。難交渉のせいで、親能は精魂尽き果てたといった顔をしている。


「早く見つけねば、時政が来てしまう!」


 中原親能の後任として、北条時政が来ることが決まっていた。時政が京都守護になれば、比企藤四郎は義経追討から外される。


「英雄になり損ねたな」

 

 藤四郎が睨みつけてきたが気にはしない。俺は腹の中で笑いながら、中原邸を後にした。


 だが、これからが大変だ。北条時政は慎重な男で、藤四郎ほど単純ではない。頼朝が鎌倉に拠点を定めた後に十人以上いる娘を、大豪族、公家、源氏一門衆へ次々と嫁がせ、独自のネットワークを築いている。ただの外戚ではないのだ。



 六波羅から離れたところに借りた屋敷に帰ると、藤四郎と似た言葉で女が迎えてくれた。


「無能をさらしてないで、早くわらわの役にたちなさい!」


「命の恩人に対して、もっといい方はないのか、静御前」


 あの日、摂津の港へ来たのは静御前と数人の武士だけだった。

 義経は「平三が海へというなら、山へ逃げよう。あっ、でも静はダメだよ。吉野山は女人禁制だからね。そうだ。平三が嘘をついてないか見てきてよ。もし船があったら、先に奥州へ行って待っていてね」と言って、静御前と別れたらしい。


 武士は船に乗って奥州へ向かったのだが、静御前が頑として乗ろうとはしなかった。泣きながら「あなたが海から逃げろと言ったから、義経様は山へ逃げてしまった。責任を取れ!」と罵り続けたのだ。


 知るかよ。いっしょに海へ逃げられなかったのは、義経の天邪鬼のせいだろうが。


 とはいえ、放っておくわけにもいかず、俺の猿面をつけさせて、屋敷まで連れてきたのだった。


「義経様のそばに戻れる知恵を出しなさい」


「戻るのは危険だな。お前にとっても義経にとっても。おとなしく京都にいろ。取り調べはされるだろうが、命までは取られない。頼朝は今まで女に害を加えたことは一度もない。だが、追ってくる連中は違う。飛んでくる矢もお前に遠慮はしない」


「わらわに捕まれというのか、能無し!」


「義経の足手まといなんだよ! ほとぼりが冷めたら、俺が奥州まで送ってやる」


 奥州まで一気に逃げられない場合は、潜伏しながら、ということになる。この時代、全国的な横のつながりを持つ組織は寺院しかなく、中には女人禁制の寺や山も多い。


「わらわを足手まといと言いましたね……」


 怒りに震える静御前を無視して文を書き始める。内容は反幕府派の寺院や、豪族たちのリストだ。そうなると北陸道が多くなる。元々は木曽義仲の地盤だったので、幕府から地頭として関東武士が多く送り込まれている。ゆえに反感を持つ豪族は少なくない。


「景季、これを吉野山に持って行って――うおっ!」


 風切り音ともに顔の横を扇がかすめる。


「小太刀をお抜きなさい。足手まといかどうか、見せて差し上げるわ」


 舐めるんじゃない。俺はこれでも一ノ谷の乱戦を潜り抜けた男だぞ。並み以上には強い。体重が半分近い女相手に刃物など使えるか。


「太刀を抜かないのなら、一撃で終わりましてよ」


「わかった。その代わり。負けたらおとなしくしてろよ」


 あの扇には鉄が入っている。殴られれば痛いだろう。だが、それだけだ。押し倒して腕をひねり上げてしまいだ。俺はゆっくりと間合いを詰める。静御前が扇で顔を横殴りにしてきた。速い! 痛いだろうが我慢するしかない。その後、腕を捕まえて――、あれ、目の前が暗い。



――父上! 父上!


「景季、俺は……」。屋敷の天井が見える。


「気を失っていたのですよ。やりますね、静御前は。美しいだけじゃない。おもしろい技を持っている」


「見ていたのか。俺は何をやられた?」


「扇でアゴの先を横なぎにされたのです。父上は膝から床に崩れ落ちました」


 ああ、気分が悪い。脳がまだ揺れている気がする。


「それで、静御前は?」


「文を持って判官殿のところへ飛んでいきました。一途な人だ。あんな美人に惚れられる判官殿がうらやましい。ハッハハ」


「京都には静御前の顔を知る者も多い。つけられるぞ! なぜ止めなかった!」


「女と戦う趣味はないですから」


 景季は歯を輝かせて言った。

 俺は舌打ちをすると、さっきの同じ内容の文を書き上げる。


「景季、義経に会って吉野山から逃げろと伝えろ。磨墨を使え」


「静御前より二日、早く着くことになりますよ」


「――それでいい。帰りは同じ道は使うな。遠回りしてこい」



◇◇◇◇


 数日後、吉野山には比企藤四郎が数百の兵を連れて捜索に入ったが、義経達はすでに逃げ去った後だった。藤四郎の戦果は静御前を捕えたことだけだった――。


「父上が比企殿に密告したのですね? 静御前に恨まれますよ」


 吉野山から戻ってきた景季が悲しそうな顔をした。


「義経は北陸道で奥州へ行くと言ったか?」


「礼物を父上にあげなくてはいけないね、とだけ言っていました」


 礼物なんていい。信用してくれただけでも収穫だ。


 だが、後にその礼物に頭を悩ませることになるとは、このときは思いもよらなかった――。

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