第36話(1185年) 回想「謀反」
平安京・六条堀川の義経邸の門を激しく叩く。郎党が出てきたが、中に入るのを拒むように立った。猿面を見て怪しんでいるのだろう。
「鎌倉からの密使ゆえ、顔は判官殿にしか明かせない。至急、お目通りを願いたい!」
太刀を預け、居間に通されると、義経・弁慶・静御前がいた。景季の言った通り、義経は少しやつれているようだった。人払いを願ったが、誰よりも信頼している者たちだと言われ断られた。
「まずは猿面を取ってくれ。それからキミの話を聞くか決めるよ」
俺が面を外すと、義経と静御前の顔が嫌悪の色に染まるのがわかった。
「こうでもしないと俺に会ってはくれないだろ?」
静御前が立ち上がる!
「讒言しか言わぬその舌を抜かれたくなければ、出て行きなさい! あなたのせいで、義経様は、義経様は……」
憎まれているのは知っていたが、目に涙まで浮かべて罵るなよ。俺と会うのは二回目なのによくそこまで憎めるもんだ。弁解したところで、義経たちは納得しないだろう。時もない。
「待ってくれ。二つだけ言ったらすぐに出て行く。一つ目は『一日以内に幕府の刺客がくる。土佐坊という男だ。迎え撃つ支度をしておけ』。二つ目は『奥州へ逃げろ。藤原秀衡はお前を庇護してくれる』。これだけ覚えておけ。そうすれば生き延びられる。摂津国の港に俺の船を繋げておいた。好きに使ってくれ」
一気に言い切ると、俺は立ち上がった。
「平三、奥州へ追放しようと思っても、その手には乗らないよ。もし、刺客が本当なら僕は兄上と戦うだけだ。戦なら負けはしない。法皇も味方してくれる」
「今は逃げろ。お前が倒さずとも、いずれ頼朝だけでなく、その血も途絶える」
「なぜ、そんなことがわかる?」
「わかっているんじゃない――知っているんだ」
静御前が会話に割り込むように叫ぶ。
「妖言をお聞きになってはいけません。この男は人を地獄に落とす舌の持ち主ですわ。弁慶に殺すようお命じください」
義経が弁慶を見る。
俺を殺すのか? こういう事態も覚悟はしていた。後悔はない。
「――弁慶、屋敷の守りを固めろ」
「義経様! お信じになってはいけません」
「そうじゃないよ。確かめたいだけさ。平三、一ノ谷の戦の前、鵯越のことを言っていたよね。あれも知っていたんだよね」
「有名な話だからな」
「ずっと気にはなっていた。あの場所は危なすぎて地元の者でも奇襲場所には選ばない。思いついても実行するわけが無いんだ。ねえ、平三。だったら聞かせてよ。挙兵した僕は兄上にどんな負け方をするの?」
「そこまでは知らない」
歴史の教科書には、そこまで詳しくは書いてない。
「――僕を本当に救いたいのなら、それを言ってくれないとね。話は終わりだ。帰ってくれ。静の我慢もそろそろ限界みたい」
「俺もいっしょに戦わせてくれないか?」
「背中から斬られるだけだよ。僕の郎党はみんな平三を嫌っているから」
「そうか。だが、言っておく。俺はお前を救うことを諦めない」
◇◇◇◇
俺が義経と会った翌日、幕府の刺客六十騎が義経邸を襲撃したが、あっさり撃退され、土佐坊はさらし首となった。その後、義経は渋る後白河法皇から、頼朝追討の院宣をもらい、挙兵した。しかし、義経の元に集う兵は三百騎足らずだった。これでは、京都の維持すらままならない。
中原親能は義経が謀反を考える前から、京都付近の武士に根回しをしていたのだろう。戦う前に義経は負けていた。
しかし、親能は陣頭に立つタイプではない。俺が指揮を採ることがきれば、石橋山のときの頼朝のように逃がせるかもしれない。
俺は一縷の希望を胸に六波羅の中原邸を訪れると、すでに兵馬が集まっていた。
「鎌倉にいたのではないのか」
「義経とは因縁がある。最後は俺の手で討ちたくて、馬を飛ばしてきた。頼む。指揮を採らせて――」
そこまで言ったとき、白い鎧兜に身を包んだ比企藤四郎能員が現れた。
「讒言者の出番は終わりだ。関東の正義を示す戦いに、貴公の居場所はない!」
「藤四郎が指揮を採るのか」
比企藤四郎は義経追討の院宣を見せた。法皇の節操の無さに腹が立つ。
「おとなしく、新しき英雄の誕生を見ているがいい。義経の時代は終わったのだ」
◇◇◇◇
義経の敵は比企だけではなかった。義経の兵の少なさや、義経追討の院宣が知れ渡り、幕府の大軍も鎌倉を進発したという情報も入ってくると、もはや戦いですらなくなり、京都付近の武士も巻き込んだ、誰が義経の首を取れるかという競争イベントに変わってしまった。
もう、義経は逃げるしかない。
俺は用意してある船を確かめるために摂津国の港へ向かったが、それすら容易ではなかった。摂津国の武士たちも一攫千金の捕り物に参加すべく、各所で待ち受けているのだ。その都度、俺は伝令のふりをして偽情報を教えた。違う場所に移ってくれれば、義経の障害は減る。
港近くにくると、俺は馬足を緩めた。振り向くと、俺の後ろから五騎が追ってきていた。いつからつけていた? 懐にしまっていた猿面をつける。
「猿面など意味はない、梶原平三。我らは中原邸からつけていた。偽伝令などをして何のつもりだ。実に怪しい」
隊長らしき男がそう言うと、五人が太刀を抜く。
「藤四郎は知っているのか?」
「あの方は曇りなき心をお持ちだ。お前を疑いすらしない。だから、我ら郎党がおぬしのような毒物を取り除く!」
「待て、誤解だ。後で問注所に訴えればいい。俺は逃げも隠れもしない」
「やめておこう、口では讒言魔に勝てる気はしない。太刀でやらせてもら――うばぁ!」
隊長格の顔を横から矢が貫いた。
「なら、私は弓でやらせてもおう。ハッハハ!」
「景季!」
あっけに取られている間に、景季が他の四人も射抜いていく。
景季が馬から降りて、駆け寄ってきた。
「なぜ、面をつけていたのに、俺だと――」
「磨墨! 怪我は無かったか? おうおう、無理に走らされて可哀そうに。父上、早く私が乗ってきた馬に乗り換えてください。磨墨は私のものです」
こいつは親の顔は忘れても、名馬の顔は忘れない。磨墨も恋人に再開したかのように、首を景季に擦り付けて喜んでいる。
「すまん。幕府の刺客より早く、義経に会うには磨墨の脚が必要だった」
「――父上は私が思う通りの人だった。それがわかれば十分です」
景季は歯を見せて笑った。
「しかし、父上。こうなってしまってはもう」
「そうだ。義経も船で逃げるしか選択肢はない」
遠くで砂塵が上がるのが見えた――。




