第35話(1200年7月) 瓦版編集長
◇◇梶原平三景時視点◇◇
江口の色里から一里離れた河原で、俺の話を聞き終わった藤原高衡は、善信入道の衣服をまじまじと見て言った。
「この閻魔様は、法皇を裁けなかったから、上皇を裁くことに拘りはったわけですか?」
「善信は頑固だったからなあ。頼朝公も煙たがっていた。しかし、善信は徒党も組まず、財も求めない。そして何よりも優秀な官僚だった。だから、問注所執事でいられた」
「じゃあ頼朝公が誅殺するのは、おかしいんとちゃいますか?」
「法皇を間違っていると糾弾できる男が、将軍を糾弾しないと言い切れるか?」
「言えまへんな――さあ、はよ、海へ流しましょ」
俺と高衡は善信の死体を小舟に乗せて流すと、竜宮屋へ向かった。
◇◇◇◇
竜宮屋の周りは静御前を一目見ようという遊女たちで、人だかりができていた。京都守護相手に一歩も退かず、上皇が客と来ていたという事実は、静御前を江口の長者から守り神へと進化させたらしい。静御前は三階から遊女たちに微笑みを与えていた。
「営業の邪魔や! もうすぐ次のお客様が来はんねん。ほら、さっさと己の遊女屋に帰るんや! 痛あ! こら、何すんねん!」
遊女を竜宮屋から押し出そうとする藤原高衡に罵声と小石が降り注いだ。これが神と人の差らしい。それでも高衡は何とか人が通れる幅を開けてくれたので、俺は竜宮屋に入ることができた。
受付で銃を預けるとき、零夜叉の姿が見えたので慌てて身を隠した。
「あっ、テロリ様。仕事は終わったの?」
「シーッ!」。声を掛けてきた薫を物陰に引き込む。
「西面の武士は引き揚げたはずだろ。なぜ零夜叉が残っている!」
「上皇陛下もいるからに決まっているじゃない。ほら隣の?」
「どこにだ? 白拍子しか見えないぞ」
「あの白拍子が陛下よ。しばらく逗留するんですって」
薫の話によると、善信入道の騒動が終わった後、上皇が武芸の参考のために舞を学ばせろと言ってきたそうだ。
上皇に助けてもらった静御前としては断れない。ただし、上皇が江口にいるのがわかれば朝廷や幕府が許さないだろうから、身分を隠してほしいと条件を出した。上皇はおもしろがって「では、江口にいるときは、朕は竜宮屋の白拍子になろう。二階堂の女姿に負けないぐらい艶やかにな」と、笑ったという。
静御前も静御前なら、上皇も上皇だ。どうかしている。
そして高衡が気苦労で死なないか心配だ。
「陛下の白拍子姿、綺麗だと思わない? 気品もあって素敵だし」
当たり前だ。日本の品格の頂点だぞ。
「零夜叉は護衛ということか。顔を合わせてもいいことはなさそうだ。薫、俺は隣の遊女屋でひと眠りしているから、上皇がいなくなったら起こしてくれ」
◇◇◇◇
二刻後、俺は薫に数発の張り手で起こされると、竜宮屋に連れていかれた。横で寝ていた女がたいそう驚いていたが、それは俺も同じだった。
三階の客間に入ると静御前とげっそりとした高衡がいた。
上皇の寝所になりそうな屋敷を今まで探し回っていたらしい。
「上皇を弟子にするなんて、どういうつもりだ?」
「わらわに情報を集めろと言ったのは誰かしら? それに、盗みたいものを見つけたの」
「大それたことを言わないでくれ。上皇は宝物でも持ってきたのか?」
「宝物なんていらないわ。欲しいのは零夜叉の距離を無にする技。盗むことができれば、わらわの舞はもう一段高みにいける」
零夜叉は十三元老だぞ。上皇側についているから、様子を見てはいるが、敵か味方かわからない。
「そこまでしなくてもいいんじゃないか。今のままだって、舞は日本一なんだし――」
「ハァ!?」
静御前の目が光った。やばい。静御前が舞を熱く語るとき、瞳の瞳孔が開き、狂気を宿す。俺は慌てて話題を変えた。
「この記事をどう思う?」
俺は瓦版の原稿を見せた。タイトルは「梶原平三は生きていた!」だ。
静御前は最後まで読まずに紙を置いた。
「つまらないわ。凄く。とっても。己が人気者だと思っているのかしら? あなたに興味がある人なんて一握りだし、生きていて嬉しいと思う人は絶無よ。つまり誰も読まない」
ダメだからって、そこまでいうことないだろう!
静御前は歌札を手に取り筆を走らせる。
「これで行きなさい」
「『頼朝の呪いか? 幕府元老6人が連続死』。おい待て。三浦介、安達、中原、善信で4人。俺を入れたとしても5人だ。あと一人は誰だ?」
「二階堂様でも誰でも。好きな名前を入れてよくってよ」
「そんないい加減な! 嘘をつきたくはない」
「もうあなたは幕府の役人じゃないの。そして瓦版は報告書じゃない。興味を引かなくては誰も読まないわ。真実じゃなく虚飾で彩りを添えるの。それに――」
静御前は俺を睨んだ。
「嘘を混ぜなければ、情報の出所がたどられる。そう教えてくれたのはあなたじゃなくって?」
義経との逃避行のことを言っているのがわかった。幕府に追われるようになってから義経は、潜伏、発覚、逃亡の繰り返しながら奥州へ落ち延びたのだ。
「才が無いのね。はぁ……、わらわが書いてあげるから、それを持って播磨国へお帰り」
瓦版の編集長の座を奪われた俺は静御前の原稿を手に播磨国へ帰っていった。
◇◇◇◇
播磨国へ戻ると、製紙工場にはうず高く紙が積まれていた。決して質は良くなかったが、見習い職人の練度があがれば改善するだろう。
紙漉きの音を聞きながら、思考を整える。
次に狙えそうな元老は誰か? 一番近くにいるのは二階堂だが、一番警戒しているともいえる。残りの元老は鎌倉だ。誰を狙えば幕府へダメージを与えられるか?
「テロリ様、達爺が文句言ってるよ」
薫が達爺を連れて来た。製紙工場の隣で、版木を作っている職人だ。達爺が原稿の空白部分を差して言った。
「ちゃんと書いいてくれなきゃ困る。ほれ、ここを見なされ。名前が一つ抜けておる」
「本当だ。これって静様が元老を一人足すように言ってた所ね。誰にするか考えないと?」
「そうだな――よし、決めた。これで言ってくれ」
おれは空白の部分に比企藤四郎能員と書いた。




