第31話(1200年7月) それぞれのルール
◇◇梶原平三景時視点◇◇
舞台が終わると立ち見の客は帰され、二階席、三階席の客だけ、別棟の酒席に案内された。二階席の客20人で一間、三階席の客10人で一間となっている。
「亀ちゃんと菊ちゃんがあんなに素敵な舞を踊るなんて――」
薫はまだ感動が冷めやらぬ様子だった。お亀とお菊は竜宮屋の白拍子の中では、いい役どころをもらっていた。実力をつけたのだろう。今は二階席の客の相手をしている。
「声が大きい。隣に善信がいることを忘れるな。いいか、菊王と亀ノ少将には他人のフリをしろと言ってある。ボロを出すなよ」
「わかってるわ。テロリ様こそ、顔を見られるようなヘマをしないでね」
ハットのツバを確かめる。気の強い女だ。連れてくるんじゃなかった。
「静様は?」
「三階席の客への挨拶が終わってからくるんだろ。それまでは豪華な食事を楽しんでおけ。おっ、これは明石の鯛じゃないか!」
半刻後、静御前と藤原高衡がやってきた。客は静御前の話を聞くのを楽しみにしており、なかなか席から離そうとしない。隣の善信がずいぶん前から苛立っているがわかった。
善信が立ち上がって、静御前へ近づいていく。
「静御前、話を聞きたい。わしの席に来てもらおう」
静御前と話していた公家が文句を言ったが、善信がギロリと睨む。
「国の大事に関わることだ。わぬしの遊びとは違う! 用が済めば帰る。後でゆっくり話すがいい」
静御前は公家に対して優雅に礼をすると、高衡と共に善信の前に座った。二階堂は隣で静かに酒を飲んでいる。
「前内大臣の牛車は、誰にいつもらった」
「土御門様が病死される前に」
「違うな。牛車が盗まれたのを見たものがおる。盗んだのは源テロリストという賊だ。知っておるか?」
「聞いたこともありませんわ」
「――嘘をつき、白を切る。残念だが、わぬしをテロリストとして捕えねばならぬ。証拠はあの迎え船だ」
高衡が不安そうに俺を見る。こっちを見るな、馬鹿。
広間全体に緊張した空気が流れる。少しの沈黙の後、静御前が笑った。
「ほほほ。わらわとしたことが。戯れが過ぎました。源テロリストを知っていますわ。播磨国守護の――」
善信が身を乗り出す。二階堂が「やはり」とつぶやいた。
おい、小山朝政と言うんじゃないだろうな。やめろ。まだ幕府軍を播磨で迎え撃つ準備はできていない。
「――梶原景時様」
俺かよ! 二年後じゃなく、今ここで死ねってか!
逃げるには広間から淀川に飛び込むしかない。俺は少し腰を浮かせた。
しかし、善信の反応は違った。
「わぬしは浅はかな女だ。播磨国守護は小山朝政で、梶原景時はとうに死んでおる。次に嘘をつくときは、少しは調べるのだな。京都守護所まで来てもらおう。牛頭、馬頭!」
後ろに控えていた武士が立ち上がる。
広間がざわつき、白拍子たちが静御前を守るように前に立った。
客の公家たちも「白拍子相手に強がるのが関東の流儀か? 雅を知らぬ者よ」と、善信を嘲笑した。
「雅だと? そんなものは出家するとき、厠に捨てた! 牛頭、笛を吹け!」
ピ―――ッ!という音が、江口の色里に大きく響き渡った。
客が何事かとざわつく。善信のやつ、兵を隠していたのか?
「薫、兵が来る前に竜宮屋から離れるぞ! 銃が無ければどうにもならん!」
◇◇善信入道視点◇◇
牛頭が笛を吹いた後、商人は逃げ、公家は怯え始めた。
そう、それでいい。それがわぬしらの本性なのだ。
「牛頭、馬頭。静御前と藤原高衡からは目を離すなよ。後は捨て置いて構わぬ」
外では竜宮屋の周りを囲むように兵が集まっていた。
「抵抗するだけ無駄だ。ついてきてもらおう」
静御前は白拍子たちに言い聞かせると、わしの後に従った。そう、それでいい。
しかし、静御前は派手な楼門の前までくると立ち止まった。
「どうした?」
「お見送りはここまでですわ。またのお越しをお待ちしております」
「何だと! わぬしら、この女を――」
「無礼者! わらわは江口の長者、静御前である! 京都守護兵に告ぐ。白拍子に対し、害を加えることがあれば、それは色里の法に背く者。二度と色里に入れぬと思え!」
「フン、笑止。色里の法など知らぬ! わぬしら、戯言を気にせず、とっとと捕えてしまえ」
しかし、兵は誰一人楼門をくぐってこようとしなかった。
「遊女を舐めるな!」「アタイたちが許さないよ!」と女の声が聞こえる。
竜宮屋を包囲している兵の外を囲むように遊女が集まっていた。
「どうした、遊女相手に怯むなど――」
「怯んだんじゃないわ。あなたより法を知っているだけ。幕府の法はたかが10年、色里の法は400年。お客様と遊女、男と女が作り上げた、支配ではなく楽しむためのしきたりよ」
白拍子風情が何たる傲慢! 何たる不遜! 何たる侮辱!
「牛頭! 馬頭! 今この女を裁く! 幕府への謀反の罪で死刑に処す! やり方は好きにしろ!」
牛頭と馬頭が静御前を羽交い絞めにしようと迫り、静御前が扇子を持って構えた。
無駄なあがきを!
そう思った次の瞬間、黒い旋風が両者を遮った。
尻もちをついた牛頭と馬頭の前には、顔を布で巻いている男が立っていた。二階堂が驚いている。
「なぜ零夜叉が……」
「零夜叉? あれは足立遠元なのか。だとしたら、なぜわしらの邪魔をする」
「――邪魔をしたのはそのほうであろう。せっかく偲んできたのに興ざめだ」
建物のほうから声がした。四位の公家どもが声の方向に一斉に頭を下げた。
そんな真似をさせられるのは、藤原北家か? 大臣か?
振り向いたわしは驚き、そして納得した。
三階席の客は――治天の君、後鳥羽上皇だった。




