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梶原殿と12人  作者: キムラ ナオト
四ノ元老 善信入道
33/61

第30話(1200年7月) 竜宮屋開店

◇◇梶原平三景時視点◇◇


 製紙工場では川から引き込んだ水を使って紙漉きをしている。鍛冶工場で感じる熱気と激しい金属音とは違い、清涼さがあり、一定のリズムで聞こえる紙漉きの音は心を落ち着かせる。考えごとをするにはちょうどいい。


 初号の瓦版のタイトルは「梶原平三は無実だった!」。いや、もっとインパクトがあった方がいい「梶原平三は生きていた!」。うん、これでいこう。えっと記事の内容は――。


「えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!」


 息を切らせながら、藤原高衡が入ってきた。騒々しさに紙漉き職人たちが顔をしかめる。俺は高衡を外に連れ出して話を聞いた。


「竜宮屋が、開店前からえらい話題になってしもうて」


「儲かっていいじゃないか。銭がかかりすぎると泣いていたが、報われて良かったな」


「違います。二階堂様と京都守護はんが店に来たい、ちゅうてきたんですわ。ほら、お二人は梶原はんが狙っている十三元老ですやろ」


 さすがは静御前。情報どころか獲物を直に釣り上げた。

 背負っていた回転式火縄銃を手に取る。


「そないなもん持っていったらあきまへん。遊女屋は武器をお預かりするのが決まりです」


「俺はいいだろ?」


「静はんが白拍子を危険にさらすような真似は許しまへん。金主の手前もです。死人が出たら、店に誰も寄り付かなくなります。大損や」


 この分だと義経にも反対されそうだな。


「わかった。わかった。外で待ち伏せする」


「梶原はん――二階堂様も殺さんとあきまへんか?」


「十三元老は俺を殺そうとした敵だぞ――ところで、二階堂はなんで『様』なんだ? 俺は『はん』呼びなのに」


「品の違いですな」


 俺は高衡の福耳を思い切りつねった。




 二階堂たちを招待する日を決めると、高衡は船で戻っていった。まるで竜宮屋の番頭だ。二階堂以外にも高衡の知り合いの豪商も招待しているらしく、顔を出さないわけにはいかないという。


 俺が馬に荷物を載せていると薫がやってきた。


「陸丸くんの代わりになるわ!」


 今、陸丸は銃の量産化のために大忙しだ。だから、今回は一人で行くつもりだった。


「もうしばらく銃の稽古をしていろ。足手まといになられちゃ困る」


「見て、これを作ってきたわ!」


 薫は紙薬莢が何十発もついている腰帯を渡してきた。紙薬莢は金属の薬莢とは違う。弾込めをしやすいように火薬と弾を包んだものだ。だから腰帯に火が付こうものなら俺の身体は丸焼けになる。

 腰帯を持つ薫の手は傷だらけだった。縫物は苦手らしい。


「――馬に乗れるか?」


「ありがとう! でも、歩いていくわ。わたしは若いもん」


「着いたときに疲れてたら、俺が困る」


 薫を馬に乗せると、江口の色里に向けて歩きはじめた。

 


◇◇善信入道視点◇◇


 江口の色里から半里離れた場所。

 兵たちは早く早くと急かすように、わしを見てくる。兵と言っても軍装はしていない。二階堂が警戒させたくないと言って、普段の衣服に太刀という恰好だ。


「二階堂のおごりだからといって、くれぐれもハメを外すなよ。それと笛の音が聞こえたら、竜宮屋を囲んで誰も逃がすな。わかったら行け」


「「「はい!!」」」


 駆けだしていく兵を見て、まるで慰安旅行だと思った。


「あのう、あっしたちは?」


 牛の顔の肩当をした男がいう。隣の馬の顔の肩当をした男も見てくる。


牛頭(ごず)馬頭(めず)、わぬしらはわしの護衛だ」


 牛頭馬頭はわしがつけたあだ名だ。本人たちは嫌がっているが気にしない。


「善信ちゃん、行きましょう。前内大臣の迎え船が来ているわ」



◇◇静御前視点◇◇


 竜宮屋の三階席から舞台で踊る白拍子たちを見る。蓮華の花弁をかたどった並びが少し離れていた。


「後ろの二人。半歩ズレてるわ! 意識が前に向きすぎ。真の客は三階席ということを忘れないで!」


 わらわの芸が天下一なのは疑わないけど、誰もが理解できるとは思っていない。芸とは観る者の能力を必要とすることを、わらわは知っている。芸の極みが十とすれば八までが、万人が喝采する。しかし、八と九、十の違いは、芸の道を歩むものしかわからない。


 昔、義経様の戦勝祝いの宴で舞を見せているとき、隣に飛び込んできた武士がいた。酔っ払いかと思ったが、その男は「早真似にて候」といい、わらわの舞を倍の速さで真似た。武士たちは、滑稽だと言って笑っていたが、わらわは青ざめていた。そして思った。この男の凄さになぜ誰も気づかないのだ、と。その男の名は足立遠元といった。


 だから、過信はしない。派手な建物を作り、大陸で見た異国風の踊りも取り入れた。そして、二階席、三階席を作った。舞を見下ろすように見たことのある日本人はいない。この感覚は新鮮で、誰でも感動する。安い一階席は立ち見で舞台を見上げる形になっているが、あえて上から見る者にしかわからない動きを入れた。上客には優越感を味合わせなければいけない。


「静はん、間もなく店を開けまっせ!」



◇◇二階堂民部大夫行政視点◇◇


 竜宮屋の二階席は立ち見の一階と違い、ゆったりとした造りになっている。畳敷きの20席で、三階は10席あるそうだ。二階と三階の客だけが、この後、別の間で白拍子と酒席をともにできるという仕組みだ。


 静御前という女。芸という枠に才気が収まっていない。アタシの理を超えている。


 ぶるっと体が震えた。15年前、姿を消す前に見た静御前の舞は天才だった。だけど今は建物、他の白拍子すべてを使って、観客を魅せている。感動の大きさは一人舞の比では無かった。


 何が彼女を変えた? 空白の15年間に何を学んだ? ああ、やめましょう。今はただ、目の前の舞を目に焼き付けるだけでいい――。



◇◇善信入道視点◇◇


 二階席の客は豪商と公家。それも従四位より上のものだけだと、牛頭馬頭が耳打ちしてきた。まあ、この店の席料を考えれば、それぐらいの官位でないと払えない。確かに大した見世物ではある。だが、それだけだ。

 気にかかるのは、この後に藤原高衡と静御前に尋問する際、客の公家が邪魔してはこないかということだ。その場合は強引に押し通すしかあるまい。ところで、何だ。あの商人は。屋内で笠を被っておる。あれでは見えにくいだろうに。二階堂といい、金持ちの考えることはわからぬ。



◇◇梶原平三景時視点◇◇


 善信入道と目が合いそうになり、顔をそむけた。やはり、善信だけは目的が別だ。やつが舞を好きなどという話は聞いたことが無い。いつもあくびを堪えながら舞を観ていたのを知っている。


 調べ尽くさないと気が済まない男だ。高衡と静御前に話を聞きにきたのだろう。余計なことを話さなければいいが――。周りを確認したが、客席の入り口にいる二人の護衛のほかに、兵は見当たらなかった。二階堂など護衛も連れてきていない。これなら帰りの道中で討てる。


 舞台上では異国の舞が終わろうとしていた――。

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