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梶原殿と12人  作者: キムラ ナオト
四ノ元老 善信入道
31/61

第28話(1200年6月) 開店準備

◇◇藤原高衡視点◇◇


 偽銭が無かったら、「ゑびす屋」は一年も持たへんかった。梶原はんの火縄銃量産と千の兵集め、義経はんの奥州馬の買い付け。そしてこのどえらい御殿――。


 江口の里に新しく誕生した、静御前の店を見てため息をつく。


 遊女の店では聞いたことがない三階建て。竜宮作りの楼門に、端が天に向けて反り返るような屋根。装束から何からすべて特注で突貫作業。偽銭がどれだけあっても足りないほどである。建築中に一度だけ、意見をいったが、こっぴどく叱られた。


◆◆◆◆


「静はん。様子をみながら、銭をかけていったほうが――」


「おだまり! 無駄な時間はないの。わかる? わらわは店が開く前に勝つつもりなの」


 そう言って、近くの屋敷に戻り、女に猛稽古させるのだった。


 他店を睥睨するように出来上がってくる御殿と、仮屋敷の外へ漏れ出る弟子の悲鳴は、まず他の遊女屋の女主人たちを圧倒した。江口の色里の長者が「竜宮屋が中心となって、江口を盛り上げてくだされ」と向こうから稽古屋敷に訪れにきたのだ。


 静御前は荒稽古を止め「よろしくってよ」と言ってほほ笑んだが、身体から立ち昇る気と、後ろでバシャッと音を立てて、汗だまりに次々と倒れ込む女たちの姿を見て、色里の長者は震えていた。


「たまげましたな。戦わずして勝ちはった」


 感心して賞賛すると、静御前にギロリと睨まれた。


「勝ちですって? 敵ですらないわ。次はあれで迎え船を作って」


「陸丸ぼんが盗ってきた内大臣・土御門通親(つちみかどみちちか)様の牛車やないですか! バレたらエライことになりまっせ」


「あれは亡き内大臣から、遺品としてもらったものよ」


「静はん、いったい何を言ってはるんですか?」


「わらわは今日から内大臣の想われ人・静御前よ」


◆◆◆◆


 新しい遊女屋の主人が伝説の静御前であること。そして、急死した内大臣・土御門通親の想われ人という噂は色里に拡がり、客を通じて京都でも話題になっていた。そのせいもあって、超高級店にもかかわらず、開業前からすでに予約でいっぱいだ。

 

「損して得取れちゅうけど、静はんは長くやる気なさそうやし。よくてトントンや」


「ごきげんよう」と言って、お亀とお菊が頭を下げて竜宮屋に入って行く。いや今は亀ノ少将、菊王と、ご大層な芸名を静御前につけられていた。


「女は恐ろしい。参河の田舎娘が今じゃ貴族の令嬢のようや」



 白檀の香りが鼻孔をくすぐる。極上品だ。よほどの遊女でもこんな香木は使えない。誰かと思って振り向くと、懐かしい顔がいた。


「あら、奥州の坊や?」


「これはこれは二階堂様。相変わらず、お美しいお召し物で」


「ふふふ、どこの絹かわかる?」


「南宋。いや北の感じがしますな。金国でっか?」


「久しぶりに物がわかる人間に会えてうれしいわ。エセ関西弁は相変わらずヒドイけど。西国に住んで何年になったかしら?」


「十年になります」


「長いわね。西国でお化けは見たかしら?」


◆◆◆◆


 二階堂行政様との付き合いは古い。まだ奥州藤原家が健在で子供だったころ、商い修業の一環で商品を運びに京都に来ていた。父・秀衡の方針で跡継ぎから遠い四男の私には貿易を任せ、蝦夷系の家と婚姻することが決められていた。


 お得意先だった二階堂様は少年の私を可愛がり、館にもよく泊まらせてくれた。いつも物憂げな、世を捨てているような寂しげな方だった。公家に詳しい従者によると、二階堂様は藤原南家で、博識と呼ばれる二階堂様でも高い官位は望めず、南家は今後は先細りしていくしかないという。


 ある日の夜、一人で厠に行くのが嫌いだとむずがっていると、二階堂様がいっしょについてきてくれた。そのときに「お化けを見たことがある。だから怖い」というと、二階堂様はおもしろがって聞いてきた。


 私がお化けを見たのは平泉の中尊寺金色堂で、父・秀衡から、寺には祖父と曽祖父の遺骨が治められているが、決して中を見てはならないと言われていた。だけど、そこは子供だ。興味をもち、中を覗いてみると、骨ではなく、死んでいるのか生きているのかかわからない祖父と曽祖父がいたのだ! 父にバレれば怒られるので誰にも言えない。それからは、夜になると祖父と曽祖父が化けて出てくるんじゃないかと怯え、厠に行けなくなった。


 二階堂様は怖がることもなくつぶやき始めた。


「死者の復活……。陰陽術か? いや、自らの肉体を使っている。即身成仏に近い。密教の秘法……。馬鹿げているが、これまでの理が覆れば、馬鹿なのはこちらだ。絶対的な藤原北家から平家に、そしてその平家も揺らいでいる……。そうだ。この世には確かなものなど何もない。ならば、私の理から離れてみるか。藤原家から、京都から、男から、生から……」


 ぶつぶつとつぶやく二階堂様が人でないような者に見えて、私は泣いてしまった。

 二階堂様はいつもの優しい顔に戻り、頭を撫でてくれた。


「ありがとう。坊やのおかげで、つまらなかった世がおもしろくなりそうだ。坊やも商いの力をつけておくがいい。盤石に見える奥州藤原家といえども、どうなるかわからないからね」



 その数年後、二階堂様は京都を出て幕府に仕えるようになり、数年後、平泉で会ったときには「半妖」と称される女人に変わっていた。

 さらに10年後には、奥州征伐軍の軍監と捕虜として会うことになる。梶原様とともに二階堂様は助命をしてくれた。だから、私は今、生きている。


◆◆◆◆


「西国ではお化けは見てまへんなあ」


「死んだはすの者が生きている。そんな話も聞かないかしら?」


 頭に梶原はんと義経はんの顔が浮かんでギョッとしたが、二階堂様はそういう意味で言っているわけではないのはわかった。慌てて取り繕う。


「平家の亡霊とかなら――」


「そんな話は興味ないわ。肉体を持ってないもの。霊ならここにも出るんじゃない。ほら――」


 二階堂様が差した先には、内大臣の牛車の上物を取り付けた迎え船があった。


「京都の閻魔大王は病死じゃなくて、殺されたと見ているわ。もしかして、坊やの国の守護が関わっているんじゃないかしら?」


「さあ、新しい守護はんは疫病で、会うたこともありまへんから、手前には何とも……」


「静御前に会わせてくれる?」


「勘弁しておくんなはれ。今は開業前でてんてこ舞いですわ。なんせ予約がぎょうさんありすぎて」


「客として入るわ。天下一の舞を見たいの。坊やならねじ込めるでしょ? 日にちの連絡待ってるわ。次はゆっくり美術品の話をしましょう」


 二階堂様が去った後、「どないしょ!」と叫びたかったが、白檀の残り香に見張られているような気がして、しばらく口を開けなかった――。

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