第25話(1200年4月) 犯罪事業とメディア作り
◇◇梶原平三景時視点◇◇
魚住伯にある造船所。
建造中の中型蒸気船の横を通って鍛冶場に入ると、ハンマーで鉄を叩く音と、ムッとした熱気が身体を包み込んできた。隠し村とは圧倒的に規模が違う鍛冶場に陸丸が目を輝かせる。
「高衡、蒸気機関や船の部品を作るのは冬までお預けだ。新事業をやる」
「何か良い思案でも?」
「ああ、短期間で莫大な利益を上げられる――ズバリ、偽銭造りだ。銅銭を鋳造しまくる。ゑびす屋の技術なら南宋から輸入するより安く作れるだろう?」
「あきまへん! そないなことしたら、銅銭の価値が暴落し、銭の信用が無くなります」
「それでいいんだ。経済を狂わせるのが目的だからな。偽銭を秋の収穫時に一気使う。欲張りな地頭どもから、市場の倍の値で米を買って、買って、買いまくれ。世間が異変に気付くころには、ゑびす屋には米の山ができている」
藤原高衡がうなる。
「……一度きりなら行けるかもしれまへんな。米を支配すれば、次の収穫まで敵は兵糧不足で動けまへん。逆に手前どもは多くの兵を雇える。ですが、通用するのは西国だけでんな」
銅銭の流通は西国でこそ当たり前になったが、東国はまだまだ米や絹を貨幣代わりにしていて、銅銭は一部しか信用していない。現代でいえば仮想通貨のような見方をされている。
「材木の輸出も止める。伐採を檜から紙麻に変えろ」
「紙の商いをしはるんでっか?」
「勘がいいな。武器を作る。このままだと、俺は後世、幕府の謀反人で朝敵という大悪党になる。そんなのはまっぴらごめんだ。俺も義経のような人気英雄になりたい」
「平三がまた、馬鹿なこと言っているよ。天下を取ればいいんだって」
呆れ顔をする義経を睨む。
勝者は歴史を作ることができるが、天下人がヒーローになるとは限らない。未来ってのは、天下を取った英雄でさえ悪役にされてしまう恐ろしい世界なんだぞ! 女体化されてしまうんだぞ! と叫びたかったが、説明しても無駄なのはわかっていた。
一番いいのは庶民に読まれる物語の主役になることだ。イケメンで高身長の豪傑にしようか――。
「平三、ニヤニヤするな。顔が気持ち悪い。僕は反対だね」
「銭の無駄でんな」
「ちょ、ちょっと待て! それはおいおいの話だ。紙に有益な情報を記してバラまく。そのときに情報を操れば、こちら有利になる。流言の計だ。月一万枚もあれば効果は凄いぞ」
「一万枚!」
「できないことはない。百万塔陀羅尼を知っているだろう?」
百万塔陀羅尼とは奈良時代に、六年かけて百万基の木製小塔に、紙に書いた陀羅尼経を納めたものだ。お経は複数の木版か金属板を使って印刷されている。
「四百年前にできたことが、できないワケがない。戦が終わった後は紙の商いをすればいい。必ずもうかる」
「はぁ……、梶原はんの考えはいつも突飛すぎてかなわんわ。ちゅうても、奥州で一度、新守護の件で二度、助けてもうたこの身や。梶原はんの博打に付き合わなしゃあないわ」
「お前の博打でもある。義経が勝てば、お前は奥州藤原氏五代目に返り咲きだ。いいか、義経」
義経はうなずくと、高衡に紙を渡した。紙には『藤原高衡を陸奥守に推挙し、陸奥国、出羽国の地頭の任命権を与える。源義経』と書いてある。
「――千の兵もってない義経はんに、こんなんもろても。笑ろてしまうわ……」
言葉とは裏腹に、高衡は身体を震わしながら、大事そうに懐に入れた。
「それで、一万枚の紙には何を書くつもりなの?」
「京都や鎌倉の政治情勢だ」
ふーん、と義経は気のない返事をした。
そうだった。コイツは政治情勢に興味がなくて、追討されるハメになったんだ。だが、こればかりはコイツに頼まなければならない。
「義経ちゃーん」
「なんだよ、気持ち悪い」
「政治情勢を調べるのは優秀な現地記者が必要なんだよ。義経ちゃんから頼んでくんないかなあ」
「誰に? 思い当たる知り合いなんていないけど」
「静御前がいるじゃないか。当代随一のアーティストで、若くして奥州で消息を絶った、伝説の白拍子。都には今でも語り草になっているぞ。彼女に江口の色里の女主人になってもらいたいんだ」
江口の色里とは、摂津国の淀川と神崎川の分岐点にある遊女の街だ。平安京から全国各地への交通の要衝のため、貴族から庶民まで大勢の男たちが行き交う。その男の懐を狙って遊女が集り、小舟に乗って客引きをするのである。その繁盛振りは遊女の船で水面が見えなくなるほどと称され、平家追討に向かった関東武士の中にも通う者が多く、ハマって財産を無くした者もいた。
「僕の妻に遊女の主になれと? 正気なの?」
「お前が王になり、静御前が后になるためだ。二年でいい。な、頼むよ~。静御前はもう年増だ。他の男に抱かれる心配もない」
「年増なんて静の前で言ったら、扇で目を潰されるよ。頼むなら平三が直に頼むんだね」
「静御前が俺のことを大嫌いなのは知っているだろ? 静御前はお前のこと追いかけて一人で大陸に渡ったほどの女だ。お前が頼めば必ず言うことを聞く」
「――平三は悪党として後世に伝わればいいよ。だってクズだもん」
義経は大きくため息をつくと、鍛冶場から出て行った。




