第23話(1200年4月) 元老会議
◇◇善信入道視点◇◇
――鎌倉大倉御所・鳳凰の間
ここは将軍家と有力御家人たちだけが入ることを許された畳敷きの間だ。天井には大きく鳳凰が描かれてある。でも、今は将軍がこの部屋に来ることは無く、大倉御所に勤める者どもは、元老の間と呼んでいるそうだ。
京都から戻った大江が元老会議を招集した。もちろん、中原掃部守寂忍の死の報告と、今後について話し合うためである。出席者は七人。
・大江広元(政所別当)
・比企藤四郎能員(信濃・上野守護)
・善信入道(問注所執事)
・二階堂民部大夫行政(政所執事)
・和田小太郎義盛(侍所別当)
・八田右馬頭知家(常陸守護)
・江間四郎義時(元寝所警護衆筆頭)
わしが元老の間に入ったとき、大江と江間、二階堂がおった。江間は別として、宮仕えの経験のあるものは会議に遅れることはない。死んだ中原もそうだった。やはり公家はしっかりしておる。
「善信ちゃん。その恰好は何とかならないかしら? 赤い唐服に黒い帯、金の襟。そこまでは我慢できるけど、その幞頭は無いわ。縛った布の先に棒まで入れちゃって。閻魔と呼ばれているからといって、恰好まで真似するなんて、まったく美しくないわ」
脂粉の香りを漂わせて二階堂が言った。
わしは問注所執事という、訴え事を裁く役目をしている。そのこともあって閻魔大王に興味を持ち、少しずつ閻魔のような衣服を好んで身につけるようになった。威厳も出るし、どこが悪いというのか。
「黙れ半妖。女物の小袖に古代の耳飾りをしている、わぬしに言われとうない」
二階堂は女に見える男だ。衣服や飾りも奇抜なものが多く、人は誰も二階堂を理解できない。だから、『半妖』と称されるようになった。芸術を愛し、絵師・仏師・鍛冶・染師に支援をしているせいで職人界隈ではえらく評判がいい。
八田右馬頭知家がバタバタと足音を立ててやってきた。わざとらしい男だ。どうせ元老の間の近くに来るまでは、急ぎもしていない。だから、そんなに太るのだ。頼朝公がぴったりのあだ名をつけている。「怠け馬」だ。
「いやー、遅れてすまぬ。赤子の名を考えておったら、ついつい」
「また生まれたのか? 何人目になる?」
「十より先は数えておらん。半分ぐらい僧にせんと、家が潰れてしまうわい」
続いて入ってきたのは、和田小太郎義盛。2m弱の日焼けした肉体は「黒金剛」と言われるほど、鍛え上げられている。両袖を引きちぎった直垂を着ており、腕がむき出しになっていた。
「誰か息子の妾探しを手伝ってくれ! 美女狩り藤九郎に頼んでいたが、死んだせいで困っている」
「わぬしの息子は熊みたいな図体をして自分で妾も探せぬのか?」
「山のような大きなおなごを探せと言っているのに、美女ばかり連れてこようとする。俺様は日ノ本一、大きな孫を見たいのだ!」
和田という男は最強の一族を作りたいと本気で思っている。自身の妾もどこから見つけて来たのか和田よりも大きい。その努力?の甲斐があったのか、和田の息子はみな和田以上の体格に育っている。
最後に白絹仕立ての直垂をきらめかせながら、比企藤四郎能員が入ってきた。
「すまぬ。将軍家との話が伸びてしまった」
そう言いながら、顔は少しも詫びておらぬ。比企を尊大にさせているのは、将軍の外戚だからか、それとも上総介の後継者という自負からか。
「では、始めてくれ。源テロリストとは何者なのだ?」
比企がそう言うと。皆が答えを求めるように大江を見た。
「わかりませぬ。死んだ城長茂は館の証拠を焼きました。その後、内大臣の急死、北面の武士みなごろし事件が起こり、それどころでは無くなったのです。ただ――上皇はすべて源テロリストの仕業だと申されております。これを」
大江が置いたのは院宣だった。『朝敵、源てろりすとを討て』と記してある。
「討てと言われても、初めて聞いた名だわ。アタシはすべての名族を知っているけど、源氏にはいない名よ。偽名じゃ、どこにいるのかすら、わからない」
二階堂が女子のように首をかしげた。十三元老には無能では入れない。この男の頭の中には、公家・武家・寺社の情報が詰まっている。
「寂忍は鎮西(九州)に所領を多く持っていた。シシシ、たまらんのう。ここにいる元老で、早く分配しよう。他の御家人が嗅ぎつけると面倒だわい」
でっぷりと肥えた腹をなでながら、八田が笑う。
「戦い方を聞く限り、卑怯で小勢。まったく闘志が湧かぬ! この件は貴様らに任す。俺様は三浦介が死んだ後の一族をまとめるのに忙しい」
そう言って和田は胡桃を手のひらでゴリゴリ鳴らすと、江間四郎義時を見てニコリと笑った。
「義時、三浦の平六義村の面倒をみてくれているらしいな。一族の長として礼を言う」
「面倒などと。対等の付き合いをさせていただいております――大江殿。この件ですが、北条が兵を出しても良い、と父が申しておりました」
比企が激しく畳を叩く。
「関東の兵を出す必要などない! 朝廷が泣きついてくるまで待つだけでいい。そうすれば、やつらもこの国の主が誰か思い出す――四郎、時政は病なのに、朝廷に会う元気だけはあるらしいな」
「………」
鳳凰の間に沈黙が流れる。
このまま話しても比企と北条に亀裂ができるだけだ。いやもうヒビは入っておるか――。
「この入道が行こう。京都を不安に陥れた、源テロリストのことは調べておく必要がある。兵を出すかどうかはその後決めればよい。それなら構わぬだろう?」
「フフフ、幕府の閻魔大王が行ってくれるなら安心だわ」
二階堂がからかうように言った。この半妖め。こき使ってくれる。
「わぬしも来るのだ、二階堂。わしは坊主が苦手だ」
二階堂は京都での顔が広い。特に叡山や興福寺など宗教勢力にも顔が利く。
「あーあ、奥州に行こうと思ってたのにー。まあ、いいわ。逢いたい才能もいるし」
わしと二階堂が京都へ派遣されることで話がまとまり、皆が立ち上がろうとしたとき、比企が言った。
「元老による合議をすることになってか一年。梶原、三浦、安達、中原の四人が亡くなり、足立は顔を出さず、時政も病で出てこない。善信入道と二階堂が京都に行けば、合議に出る元老は五人になる。そろそろ見直しを考えるときかと思うが」
皆が比企を見る。江間義時が静かに聞いた。
「どういうことでしょうか?」
「幕政奉還。二代目に政治をお返しして、あるべく姿に戻す」
誰も意見を言わなかった。うかつには口を開けぬ。賛成すれば幕府内での発言権は減り、反対すれば将軍に恨まれる。ただ、将軍が元老よりも二十近く年若いことを考えれば、いずれは訪れる問題ではある。そして、二代目に政治を返せば、外戚である比企の力が増す。
「すぐに決められることではないでしょう。善信入道、二階堂の両名が帰ったときに改めて元老会議を開く。それでどうですか?」
大江の提案に比企がうなずいて、元老会議は終わった。
◇◇江間四郎義時視点◇◇
私が父・北条四郎時政の屋敷に報告に訪れると、父は中庭に面した縁側で桜を楽しんでいるようだった。私は比企殿が北条の上洛を反対したこと、頼家様を政治に戻そうとしていることを伝えた。
「馬鹿な男だ。頼家さえ握っておれば、最後には御家人が従うと思っている。だが、それは玉が一枚しかない場合だ――千幡や、こっちにおいで。じじが菓子をあげよう」
父が目を細めて見ていたのは、桜ではなく中庭で遊んでいる少年だった――。




