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梶原殿と12人  作者: キムラ ナオト
四ノ元老 善信入道
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第22話(1184年) 回想「一ノ谷」

 六条大路にある源義経の仮宿舎に呼ばれた俺は叱責を受けていた。


「なぜ僕の手柄が書いてない!」


「軍の勝利が大将の手柄だ。それは幕府もわかっている。俺の仕事は頼朝様の目となることだ。御家人たちの誰が先駆けしたのか、大将首を取ったのかを報告することだ」


「だったら、僕の戦い方を細かく書けばいい!」


「頼朝様が知りたいのは結果だ。中身を細かく書いたところで手柄は変わらん」


「わかった。先駆けをすればいいんだね」


「万の兵を預かる大将が先頭に立ってどうする。死んだら軍が崩壊するぞ」


「……もう、平三には頼まない! 噂が鎌倉まで届くような勝ち方をしてやる」


「はいはい、わかってるさ。崖から奇襲するんだろ? 鵯越の逆落としだっけ?」


「鵯越……」


 義経が地図を拡げる。平家との戦場予定地だ。主力の範頼軍は生田口から、別動隊の義経軍は迂回して、夢野口と塩屋口から攻めることは決まっていた。


 ヤバイ。あまりにも有名なので口走ってしまった。


「平三、詳しく言いなよ」


「い、いや、気にするな。俺の勘違いだ」


「そうやって、また僕をのけ者にする気か。手柄を横取りするために!」


「勘弁してくれよ。いつ、俺が――」


「僕が取るはずだった、上総介の首を奪ったじゃないか!」


 俺は黙りこんだ。義経だけじゃない、皆、俺が手柄欲しさに上総介を殺したと思っていた。


◇◇◇◇


 もう一人の軍監である中原親能に相談することにした。これから摂津国に陣取る平家との戦いが待っている。義経と不和のままではまずい。


「ならば、配置を変わってやる。範頼殿は上洛するまでは先陣争いや乱闘したりと、頭が痛くなる御方であったが、頼朝様に叱責してもらってからは、人の話をよく聞くようになった。こじれることもあるまい」


 中原親能は事も無げに言った。


「いいのか? 義経殿は――」


「じゃじゃ馬なのであろう。ならば望み通りの手柄を書いてやればいい。さぞかし大英雄になるだろうよ」


「そんないい加減な仕事をするのだったら、軍監の意味が無いではないか」


「卿は頼朝様の側で何を見てきた。報告をそのまま真に受けるほど、頼朝様が愚かだと思っているのか?」


「いいや、言葉の裏を読めぬ人ではない。むしろ英雄ぶればぶるほど――」


「死に近づいていく。上総介のようにな」



◇◇◇◇


 俺は範頼殿が率いる幕府軍五万の軍監として、摂津国・生田口を守る平家軍の主力と向き合っていた。平家軍は空堀と逆茂木のバリケードで防御線を張っており、容易に突破できそうにない。


 戦は矢合わせから始まった。万を超える大軍同士だ。雨のように矢が降ってくるという例えあるが、夏の夕立のような激しさである。盾板を掲げて矢を防ぐが、割れてしまう者もいた。


 平家軍の士気も高い。中原親能は「陣の中に入ってしまえば勝ちだ。平家軍は家族を連れて行動している。女子供が騒ぎ始めれば、混乱が連鎖し敵軍は崩壊する。容易い戦だろ?」と言っていたが……。


 矢の雨の中、敵軍に突っ込む奴は相当の命知らずだ。息子のライバルの佐々木高綱も、どこから攻め掛かろうか迷っているようだった。


 ん? 景季(かげすえ)が、高綱に話しかけている。高綱が首をかしげる。すると、景季が敵陣に向かって飛び出した。振り向いた顔は得意満面だった。おい、馬鹿息子! それは出し抜いたとは言わん! 


「「「父上!」」」


 次男ら六人の兄弟が兄の一騎駆けを見て血相を変えた。そりゃそうだ。どう考えても袋叩きにあって死ぬしかない。助けにいっても一族全滅するだけだ。もう見捨てるしかない。


 しかし、上総介の顔が脳裏に浮かぶ。


 ええい! くそったれ! 


「盾を二枚重ねで持て! 景季を見捨てるな! 行くぞ!」


 俺は梶原勢500と猪突した。敵陣の中に入ったときには盾は割れ、鎧には数本の矢が刺さっていた。それでもなんとか、敵の隙を見つけて離脱に成功した。


「ハァ……ハァ……、マジで死ぬかと思った。おい、ウチの嫡男は?」


 三男の景茂に聞く。


「助け出したのですが、鎧につけた梅の花の枝を触りながら、『私は矢。一度弦から放れたら、戻りはしない』と言い残し、再び敵陣の中に入ってしまって――」


 なんだ、そのくさいセリフは!


 遠くのほうで、活き活きと戦っている景季の姿が見えた。白い歯を輝かせて、こっちに手を振ってやがる……。馬鹿息子すぎて、俺はもう情けないよ……。


「――父上、泣いているのですか」


「ものども続け! あの馬鹿息子を殴りに行くぞ!」


 俺は泣きながら、二回目の突撃をした。

 そのとき遠くのほうで煙が上がっているのが見えた。


◇◇◇◇


 夜明けから始まった戦いは、太陽が真上に来る前に大勢が決まり、沈む前に終わった。


 幸運なことに、息子たちは満身創痍ではあったが、一人も死なずに済んだ。景季を見ると一試合終わったかのような充実した顔をしている。

 あの馬鹿息子め、ボコボコにしてくれる! 俺は棒を握りしめた。


「そなたはいい息子を持っている。平清盛の五男、左中将の平重衡を見事捕らえた。平家の中からも『梅の枝を刺して戦う、雅な武者』だとほめそやす声があったとか」


 振り向くと大将の範頼がニコニコしていた。


「いや、あれは一族の命を危険にさらした馬鹿者です。こらしめてやらねば――」


 範頼は首をかしげ、不思議な者を見るような眼で見てきた。


「軍監のそなたが、手柄を挙げた者を罰するのか?」


 クッ! むむむ……。


「――はっはは、冗談です。そのようなことをすれば、戦う者がいなくなります」


 フンガ―――!!!

 範頼が立ち去ると、棒を膝で叩き折った。


◇◇◇◇


 六波羅にある中原親能の仮宿舎で俺は呆れていた。


「一ノ谷に来なかったのか? 俺は何度も死にそうになったのに!」


「軍監自らが戦ってどうする? 卿は阿呆か――私も戦っていた。この京都でな」


 親能は紙を見せてきた。そこには、甲斐源氏の名が記してあった。武田信義を棟梁に、弟の安田義定・息子の一条忠頼らは、頼朝と同時期に挙兵し、頼朝が関東を切り取ったのと同じように甲斐・信濃・遠江・駿河を支配下に治めていた。


「後白河法皇が甲斐源氏を取り込もうとしている。東国は頼朝様に任せると約束したのに、義仲がいなくなったら、すっかり忘れてしまったらしい。だから、策を立てた。あえて、一条忠頼だけを此度の戦に出さず、宮城の警護をさせて法皇に近づける機会を与えた」


「危険な賭けだ」


「後の先だ。知っていれば危険は避けられる。それに、武田信義に一族をまとめる器量はない。弟の安田は遠江で、妾の子の一条は駿河で半ば独立している状態だ。甲斐源氏は上総介より図体は大きいが、手足がバラバラに動く。だから、手足から奪っていく――しかし、めんどうなことだ。頼朝様が京都で目を光らせていれば、法皇も好き勝手せぬのだがなあ。卿から上洛するように言ってくれぬか」


 親能は非難するような目で見てきた。


「上総介を二度も裏切ることはできない」


「青臭いのう。ならば働け、一条忠頼誅殺は卿に任せる」


◇◇◇◇


 それから、一カ月間、俺は一条忠頼の謀反の証拠を集め続けた。慣れない仕事ということで、親能は昔の同僚だという元検非違使の男をつけてくれた。実質はその男がやったようなものだった。


「わぬしは何を憂鬱な顔をしておる。上総介とやらは無実だったかもしれぬが、一条は明らかに謀反の動きがあった。気に病む必要はない。わしが裁きたいぐらいだ」


 そう言うと、善信入道は豪快に笑った。

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