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梶原殿と12人  作者: キムラ ナオト
四ノ元老 善信入道
24/61

第21話(1183年) 回想「戦場へ」

 闇の中を俺は落ち続けていた。底は見えない。頭上に星がひとつだけ輝いていた。

 あれは前世で失い、転生でやっと見つけた心の支えだ。

 ああそうか。俺は心の支えを壊したから落ちているのか。


 星の色彩が黄金に変わった。俺は知っている。上総介の最高傑作だ。

 上総介が事切れる前に、手に握っていた「新皇御璽」と彫られた御璽だった。

 闇全体から声が聞こえる。


 「転生したのか?」――そうだ。でも何もいいことはなかった。

 「どうやったのか?」――知らない。飛び降りたら、転生していた。

 「その日を選んだのは?」――死にたかったからだ。

 「いつもと違うことはなかったか?」――そういえば日蝕だった。


 質問がわずらわしい。闇に向かって聞く。


――俺に問いかける、お前は一体誰だ?



◇◇梶原平三景時視点◇◇


 上総介広常を惨殺した翌日、中原親能(なかはらちかよし)(寂忍の俗名)の屋敷で目を覚ました。そして、俺が意識不明になっている間に事件は終息していた。


 上総介の死体からは内通を疑わせる密書が見つかって、俺の殺しは「誅殺」という手柄に変わった。すぐに、源義経が上総介の屋敷を兵で囲み、三浦介義澄が上総介一族の暴発を抑えたため、関東独立派は何もできなかった。


 俺はせめて上総介一族だけでも助けようと、中原親能に訴えた。しかし、平家討伐が終わってから再度吟味するというばかりで、上総介一族は謹慎。所領は三浦介義澄の預かりになった。



 自邸に戻ると、一族が賛辞で迎えたので面食らった。息子たちの俺を見る目が変わっている。嫡男の景季(かげすえ)などは大興奮でうるさいほどだった。


「父上は戦嫌いの臆病者ではなかった! 義平十七傑の上総介を切り伏せるなど、並みの勇者にできることではありません。父上はお強い! 私も父上に負けたくないと頼朝様に申し上げ、磨墨(するすみ)という名馬をいただきました」


 今、鎌倉では上洛の準備で兵馬がごった返している。誰が言い出したのか「鍬を刀に持ち替え、平家の所領を開拓せよ! 西国には名誉と土地が待っている!」という言葉が広まると、上洛反対派だった者まで「やってやるぞ!」と闘志を燃やしていた。


「本当は池月(いけづき)を賜りたかったのですが。ダメだと言われました。ハッハハ」


 景季は白い歯をキラリと輝かせて笑った。恐ろしいこと言ってんじゃねーよ。池月は頼朝が一番大事にしている馬だぞ。


 今年、21になる景季は、怖いもの知らずの青年だ。俺とは違い、裏表のない明るい天然系の性格をしている。頼朝にも可愛がられていて、江間義時(四郎)が筆頭を務める、頼朝の寝所警護衆にも選ばれた。


 深く考えないやつほど幸せなのかもしれない。景季を見ているとホントそう思う。


「頼朝様はお前に何か言わなかったか? タダで名馬をくれるとは思えんが」


「戦に励めよ、としか――あっ、そうそう! 『景時に軍監を頼むと伝えてくれ』ってと言われました。私はもう嬉しくて『父上に変わり、謹んで承ります!』って、答えちゃいました」


 それが対価じゃねーか! どいつもこいつも俺の気持ちなど考えずに前に進みやがって……。


「勝手な真似をするな! 頼朝様に会ってくる! 俺は戦になど行かない!」


 景季が両手を広げて立ちふさがる。


「私の磨墨(するすみ)はどうなるんです! 返すぐらいなら父上を殺して、私も死ぬ!」


「やかましい! 馬鹿息子!」


 景季を蹴り倒して、大倉御所へ向かうと、回廊で比企藤四郎能員に会った。


「今の私では上総介の隣に立つことすらできぬ。だが、いつか上総介を越える男になってみせる。そのときは覚悟せよ」


 そう言い捨てて去っていった。藤四郎の気持ちは痛いほどわかる。俺は罪を償うしかない。

 頼朝はすぐに会ってくれた。側には江間四郎義時が目立たぬように座っている。


「密書が偽書だと言って、上総介一族の無罪を訴えているようだな。余に逆らいたいのか?」


 頼朝が静かに恫喝してきた。だが、言わねばならない。


「上総介は頼朝様にとって必要な男でした。それを私は間違って殺しました。間違いは正さなければなりません。罪は私にあります」


 頼朝が俺の目をのぞき込む。


「ほう……。常に怯えていたそなたが、上総介を殺して変わったか」


「戦には出ません。謹慎し、己の罪を訴え続けます」


「余も上総介は惜しいことをしたと思っている。だから上総介の願いを叶えてやりたい」


 頼朝の目にみるみる涙が浮かんだ。涙が一筋零れ落ちて黄金色に弾けた。頼朝の手には上総介の黄金の御璽が握られていた。


 ぬけぬけとよく言う。きっと芝居だ。……でも本心かもしれない。そう思わせる魔性が頼朝にはある。


「余は上洛せず関東にいようと思う」


「まことですか!」


「しかし、問題がある。代わりに範頼と義経(九朗)を大将として上洛させる。だが、二人はまだ若い。手綱を握る目付け役が必要だ。範頼には中原親能を軍監としてつけた。義経の軍監はそなたにする」


「しかし――」


「断れば、不本意だが余が上洛するしかない。どうする景時。上総介の遺志を踏みにじるのか?」


「――引き受けまする」


 死んだ家臣を思い、涙を浮かべて頼む頼朝は、仁君にしか映らない。これでは関東独立派も頼朝を憎めないだろう。憎むとしたら、俺だ。


◇◇◇◇


 一カ月後、幕府軍は木曽義仲に勝利し、上洛を果たした。中原親能が戦う前に「木曽はすでに死んでいる」と言った通り、指先一つで勝ったような戦いだった。


 しかし、俺の戦いはここからだった。みな、「我が我が」と戦功を言い立ててくる。聞いたことのない侍大将の首を持ってきたり、「矢を先に当てたのはわしのほうだ」と喧嘩する。揉めないように侍大将を狙う矢には自分の名を記しているのだが、今回は兵力差が圧倒的だったので、刺さっている矢の数も数本ある。その中から致命傷となった矢を認定しなければならない。超めんどくさい。


「父上! 聞いてくださいよ! 佐々木高綱(四郎)が私を騙して一番乗りを果たしたのです!」


「まーた、高綱と揉めてるのか。仲直りしたはずだろ」


 ようやく一仕事終え、仮宿舎として使っている館に戻ると、景季が憤慨していた。息子と高綱は、若手のホープ同士ともいえる関係で、戦の前に一度揉めている。


 息子が頼朝に断られた名馬・池月を高綱がもらったのを知って「恥辱だ! あいつを殺して、私も死ぬ!」といって、飛び出したのだ。そして四半刻も経たずに笑いながら戻ってきた。「あれはもらったんじゃなく盗んだんですって。私も盗めばよかった」。


 んなわけねーだろ。そして盗もうとするんじゃねーよ。と思ったが、息子の素直さにクスッと笑ってしまった。息子と話していると、気が晴れる。価値観が全く違うからだ。息子にとって自殺は苦悩の行きつく先ではなく、感情表現の一つにすぎない。



「宇治川を先頭で渡ろうとしたときに、『馬の腹帯が緩んでるから危ないぞ』って言ってきたんです。いいやつだなあと思って締めなおしてたら、高綱が追い越していったんです!」


「まあ理由がどうあろうと、先陣は先陣だ」


「わかってますよ! だから次は私が騙してやります」


 佐々木高綱は、優秀な佐々木兄弟の中でも白眉という噂だ。お前が頭でかなう相手じゃない。


「頑張れよ」


――また、騙されないようにな。


 心の中でつぶやいた。

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