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梶原殿と12人  作者: キムラ ナオト
参ノ元老 中原掃部守寂忍
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第19話(1183年) 回想「誅殺」

 休暇を終えて大倉御所に出仕した俺は、上総介家の戦力を過大に評価した調査報告書を出した。頼朝様にどう思われているか怖かったが、何かあれば上総介に相談すればいい、そう思うと胸の苦しみが軽くなった。


「がっかりだよ。キミも上総介が好きなのか?」


 しかし、文句を言ってきたのは義経ぐらいでで、頼朝様は俺に構っている暇などなかった。

 大倉御所では平家都落ち、木曽義仲上洛と情勢が目まぐるしく動くと、幕府では少数だった上洛派が勢いを戻し、関東独立派との議論が昼夜に渡って繰り広げられていた。


 毎日続いた激論は、京都から中原親能(ちかよし)(寂忍の俗名)が戻ってきたときに頂点に達した。

 大倉御所の大広間で中原親能と上総介が対決する。両者の後ろには自然と指示する派閥が座っていた。頼朝様は中央の御簾の掛かった座で話を聞く格好だ。


「上総介、機は熟しておるのだ。朝廷は平家追討の勲功を木曽義仲より頼朝様を上にしてくれた。これを見よ。後白河法皇より上洛せよとの院宣も受けておる」


勲功(えさ)院宣(首輪)をもらって喜ぶは番犬の所業」


「違う。大義(爪牙)を手に入れ、狼になったのだ。天機を逃せば、大義(爪牙)は木曽や平家に渡り、我らは朝敵(捨て犬)に成り下がる。今こそ上洛するときなのだ!」


「大義とは法皇の意思ではない! 関東武士(開拓者)の意思こそが大義だ!」


 上総介が両手を拡げて叫ぶと、後ろから「「「おう!」」」と皆が応じた。

 議論の流れをみた頼朝が口を開いた。


「上総介の言を是とする――親能、奥州藤原家の脅威があって、今は上洛できぬと院に伝えよ」


 上総介は頼朝に向かって頭を下げた後、膝を進めて言った。


「新皇へ即位し、新しき世を」


「考えておく」


 頼朝の影は立ち上がると奥へ消えていった。



 それから二カ月後、年貢を納めることを条件に、美濃・伊勢から東の東海道・東山道17カ国の支配権を認める宣旨が頼朝に下された。無論、中原・大江兄弟の朝廷工作の成果だ。これで鎌倉から京までの道のりは、すべて幕府のものになった。もう頼朝様は止まらない。


 頼朝様に呼ばれた俺は、三通の書状を渡された。それぞれ、平宗盛宛、藤原秀衡宛、木曽義仲宛と書いてある。


「上総介が内通に応じた証拠だ」


「これは……、筆跡を似せた偽書です!」


 頼朝様が俺の顔をじっと見て言った。


「明日の早暁、義経(九朗)に踏み込ませる。それまでに上総介の屋敷に隠せ」



 上総介の屋敷に向かう足取りは重かった。


 頼朝様が関東武士の要のように、上総介は独立派の要だ。死ねばどうなる? 比企藤四郎では戦歴が浅く、足立遠元は純粋な戦士だ。まとめるものはいない。


 この危機を上総介が乗り切ったときは果たして勝てるだろうか? それも難しいと思う。もう頼朝様は関東武士だけの主ではない。動員兵力に差がある。だが、奥州藤原氏と手を組めば――。


「悩むことはないよ。僕は上総介を逃がさない」


 見上げると木の上で義経が柿を食べていた。

 そうだ。こいつからは逃げられない。上総介をずっと観察していた。


「――鬼門の方角は開けておくよ。巻き込まれたら、北東の塀を乗り越えれば助かる」



 俺は心を決めた。勝算は関係ない。知らない未来が訪れようと構わない。頼朝様のもとで生きるのではなく、上総介と共に活きたいのだ。


 上総介にすべて話した。偽書のこと、明日早暁の襲撃のこと。上総介は偽書を一読すると懐に入れた。


「今すぐ領国へ帰り挙兵しろ、上総介。俺も一族を引き連れ戦う。すぐに集められる者だけで頼朝様を急襲してもいい」


「謀反だと? さすれば、偽書が真になる! 吐いた言葉が嘘になる!」


「あなたは死に場所を間違えるなと言った! 上総介広常はこんなところで死んではいけない!」


「ならぬ! 頼朝様を失えば、再び関東は朝廷(主人)の顔を伺う犬に戻る!」


 上総介は立ち上がり、足立遠元と比企藤四郎能員を呼ぶよう家人に指示を出した。


「上総介、北東から出れば逃げられるが……」


「正面から出る! 頼朝様に忠誠を示し、新皇の即位をただ進言するのみ!」


 足立と比企が屋敷にやってくると、連れ立って大倉御所へ向かった。遠巻きに監視していた義経が慌てるのが見えたが、俺はもっと慌てていた。


――これじゃ死を求めに行くだけだ。秘策があるのか? 

――何を話す気だ? 謀反をすすめたことがバレたら俺はどうなる?


 江間四郎義時に取次を頼むと大広間で待たされた。なかなか頼朝様は出てこない。その間、誰一人口を開かなかった。その沈黙が苦しく、荒野に一人立たされているような孤独を感じた。


 頼朝様が中原・大江兄弟と大広間にやってきた。俺に一瞥をくれる。

 しくじったと思っているのだろう。使えないやつと腹を立てているのだろう。


 今日は御簾の座に座っても、御簾を下げなかった。いや、物言わぬ上総介の気迫がそうさせたといってもいい。普段変わらない頼朝様の表情が硬くなるのがわかった。


「話があるそうだな」


「ええ」


 何を言うつもりだ?


「上総介の夢を持って参りました」


 ゆっくりと上総介が懐に手を入れる。


 何を出す?

 そうだ、そこには偽書がある。

 俺を謀反者として突き出し、生き残ろうというのか?

 やめろ、上総介。お前まで見捨てる気か? 心を救ってくれたじゃないか!

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 俺を見捨てるな!

 見限るな! 見放すなあぁぁぁぁ!!!



 絶叫し、上総介を短刀で刺した。何度も、何度も――。

 比企と足立が飛び掛かってくる。中原親能が立ち上がった。でも静かだ。音は聞こえない。上総介の手を見る。握っていたのは偽書ではなかった。上総介は俺を見捨てていなかった。目の前の天地が逆になり、視界が闇に染まる。


 ああ――あのときの、日食みたいだ。


 俺は心でつぶやいた後、意識を失った。

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