第18話(1183年) 回想「上総介広常」
由比ガ浜で俺は五人の盗賊に囲まれていた。
俺は生き抜くために腰の太刀に手をかけて――鞘ごと外した。
「これは梶原家に伝わる名刀だ。売れば一年分の米にはなるだろう」
戦って勝とうなんて気は毛頭なかった。俺は剣豪でもないし、稽古も碌にしていない。そのまま、直垂も脱ぎ、ふんどし一丁になる。武士とは思えない行動に盗賊は顔を見合わせていた。
「身ぐるみ全部くれてやる。これで、俺に用は無くなっただろ」
しかし、盗賊は目で合図をし、構えを崩さないまま、輪を狭めてきた。
「なーんだ、俺の命に用があるのか。そんな気がしてたよ。でも、もう無理だね。お前らは勝機を逃した」
俺は大声で「助けてくれー!」と叫んだ後、海へ飛び込んだ。
服を着たまま追ってきても、裸の泳ぎには追い付けない。
案の定、海へ入るのを盗賊はためらっていた。
距離を置いて海から様子を見ていると、海岸に大音声が響き渡った。
「幕府の膝元で狼藉とはいい度胸だ!! 藤四郎、腕を見せろ!!」
弓鳴り音がして盗賊が一人倒れた。他の四人が逃げ出す。
声の方向を見ると、上総介広常がいた。横で比企藤四郎能員が二の矢をつがえていた。
俺が海から戻ると、盗賊は一人しか倒れていなかった。二の矢は外れたらしい。
「あの悲鳴は景時だったか。怪我はないか」
上総介が優しく声をかけてきた。
対照的に比企能員が俺を軽蔑のまなざしで見て言った。
「賊相手に裸で逃げるとは、恥ずかしくないのか!」
上総介の取り巻きがドッとあざ笑う。
心が苦しくなった。耐えろ。ポジティブに考えるんだ。臆病の噂が流れれば、戦場からは遠ざけられる。
そうは思おうとしたが、過去がフラッシュバックする。
悪意が羅列した寄せ書きを見た俺の反応をあざ笑うクラスメイトたちが脳裏に浮かぶ。
頭が真っ白になりそうになる。
「人を嘲笑うな! 朝廷を嘲笑え!」
上総介の大喝に人々は黙り、俺も正気に戻った。
ニコリと笑った上総介は周りを奮い立たせるように言う。
「権力を! 権威を! 権門を嘲笑え! 開拓者を、関東を愛せ!」
「「「おう!」」」。取り巻きが応える。
「景時は、死ぬべき場所を知っている。耐えるべきときをわかっている。貴様らに言う。無駄死は許さぬ!――藤四郎!」
比企能員の背筋がピンと伸びる。
「人の恥を語る前に、二の矢を外した己を恥じろ!」
上総介を見て、俺は胸がいっぱいになった。
ああ、こんな先生がいてくれたら、自殺なんてしなかったのに――。
上総介たちが来た方向とは逆から、足立右馬允遠元が、両手に生首を四つぶら下げて歩いてきた。生首がねじり切られているのを見た比企が呆れた顔をする。
「また無太刀でやったのか? 夜叉のような強さだ。しかし、一人ぐらいは生け捕りにしろ。正体がわからないではないか」
「生憎だな。生易しい武は持ち合わせておらぬ」
上総介は俺の話を聞くために自邸に招いた。だが、これまでの心労のせいで上総介の屋敷に着いた後、そのまま気を失い、三日間寝込んでしまった。うれしかったのが、上総介が俺の代わりに病の届け出を出してくれていて、一カ月も休暇をもらえたことだ。今までなら考えられなかった。上総介の力なのか、それとも頼朝様に見限られたのか――。
俺は病床から起き上がると上総介に由比ガ浜で何が起こったか、すべて話した。
「物取りでなければ、平家や木曽の手の者か――心当たりは?」
一つだけある。頼朝様だ。だが、他の可能性がある以上、口が裂けてもいえなかった。つくづく足立遠元が全員殺したことが恨めしい。
「しばらく、この屋敷にいても構わないか」
「ああ。好きなだけ休め。貴様の傷は深い」
そう言い残し、上総介は部屋を出た。
俺は海へ逃げるときにどこか斬られていたのかと、身体を触ってみたが傷は一つもなく、首をかしげた。
居心地の良さと頼朝様への疑念で、二週間経っても俺は上総介の屋敷で半ば居候のような状態になっていた。何もしないのも悪いので、上総介家の帳簿を作ってみせた。
「何人の兵を何日動かせるかまでわかるのか。戦がなければ開拓に回し、民はますます栄える。貴様が幕府にいるのなら安心だ」
いい領主だ。誰よりも強く、誰よりも戦を嫌う。
上総介の屋敷には多くのシンパが集まる。そして上総介は関東独立国を説くのだった。そして最後に必ず頼朝の大切さを語る。
「独立を保つための扇の要。それが頼朝様だ。頼朝様を失ったとき、我らは必ずバラバラになる。そのことを忘れるな」
上総介の人柄に触れていくうちに、俺は「この人を殺させたくない」と心から思うようになっていった。




