第17話(1200年3月、1183年) 回想「頼朝の焦り」
◇◇梶原平三景時視点◇◇
日が暮れるころ、俺たちは平安京の郊外の林に戻ってきた。一日中戦い抜いた兵たちは着くなり、倒れ込んだ。 俺もひと眠りしようとすると、先に帰っていた義経がやってきた。
「結構死んだねー。越後兵が加わった分がこれでチャラだ。ねえ、小山朝政の首は? 院宣は?」
「無い……。越後守も死んだ」
「そうなると思ってたよ。だから、放っておけって言ったのに。そうすれば――」
「何だと! お前ってやつは!」
義経の胸倉をつかむ。
「平三が危険に会うことも無かった」
まっすぐ義経は見つめてきた。俺は手を離す。
心配していたのか。にしても言い方ってもんがあるだろ。不器用なやつめ。
「寂忍を捕まえて来たよ。平三が殺せばいい」
朽ちかけた祠の側の木に寂忍は縛られていた。
寂忍は一度大きく目を見開いた後、大きく笑った。
「フハハハ! ようやく胸のつかえが取れたわ。生きていたのだな、梶原平三。どうりで敵の正体が読めなかったわけだ。戦下手の卿にしてはやるではないか」
「あれは俺じゃない。寂忍、スッキリしたところで悪いが、頼朝公の命によりお前を誅殺する」
頼朝の誅殺状を寂忍の前で拡げる。寂忍はじっくり見た後、鼻で笑った。
「亡くなった者の命に縛られる。まるで呪いだな。平三よ、忘れてしまえ。頼朝公は数年前からどこかおかしくなった。誅殺状には政所も公文所の印も無い。公では無い命令が罷り通る世であってはならぬのだ」
「同感だ。ただし、それは泰平の世の話だ。俺が再び乱世にする」
「早まるではない。弟によると弾劾状への反論をまったくしなかったそうじゃないか。法を信じろ、平三。問注所へ共に行くのだ。我が法の知識をもってそなたの罪を晴らすことを約束する」
「そうだな。お前は晴らしてくれるだろう。ただし、俺が死んだ後にな。上総介の事を忘れるほど、俺は耄碌しちゃいない――」
俺は手のひらを見た。初めて人を殺した記憶が蘇る――。
◆◆◆◆
――1183年
「余は上総介広常を殺したい」
頼朝様の言葉を聞いてから、俺は上総介の身辺を探ることにした。関東最大の実力・名声を持つ上総介を表立って敵に回せば、関東が二つに割れる戦いになる。平家やライバルの木曽義仲が笑うだけだ。
皆が納得する罪を作らねばならない。これは俺のためでもある。なぜなら、このまま関東に頼朝がこもり続ければ、知らない未来が生まれる。俺は歴史を知る者では無くなってしまう。
まずは上総介に近づくことから始めなくては。
しかし、関東最強の彼の周りには、取り巻きが多い。義平十七傑の足立右馬允遠元、上総介を兄のように慕う、比企藤四郎能員をはじめ、数多くのシンパが常にいた。
それまで面識の無かった俺はシンパたちの輪に入ることもできずに、遠巻きに見ているだけだった。
さて、どうしたものかと、悩んでいると木の上から拗ねたような声がした。
「チェッ。何が英雄だ。兵が多いだけじゃないか。京へ攻めたがらないのは弱さがバレるからさ。そう思うよね、平三」
馴れ馴れしく話してくるのは、源九朗義経。俺が上総介の人間関係を調べているうちに、よく会うようになった。義経が上総介を嫌っているのは周知の事実だった。
上総介の進言により、上洛を諦めて関東の勢力拡大を図ることにした頼朝は、自ら出陣することはせず、弟の範頼と義経を自分の代わりとして大将にした。とはいえ、実質的に軍を動かしていたのは上総介で、経験の浅い二人を、蒲冠者、御曹司と子供扱いして、相手にしなかった。範頼は温和なので何も言わなかったが、義経の口は容赦なかった。
「毎日毎日、悪態をつくためにご苦労なことだ」
「平三もあいつが憎いんでしょ。いっしょにやっつけようよ」
お前みたいな口が軽いやつといっしょに謀なんかできるか。だいたいお前のほうが英雄としてもっと有名になるんだよ。
「憎くはないさ。むしろ感心している。上総介の進言通りにしたことで、幕府の支配する領地は大きく広がった。義経殿もこんな所で暇をつぶさず、書でも学んだほうがいい」
「見て学んでいるよ。上総介の考え方、人の好悪、怒るとき、緩むとき、癖。いつ戦をしても勝てるようにね」
ほう、さすがは戦の天才。そういう目で人を見るか。
「で、どうだった。勝てそうか?」
「あいつは英雄らしい正々堂々の戦いを好む。卑怯な手が嫌いで、使う者を軽蔑し、使われると激怒する。仲間想いなので、弱いところを奇襲すれば、必ず挑発に乗る。そこから崩せば勝てるね」
勝つかもしれないが、正義のヒーローは間違いなく上総介のほうだな。まあ、謀を考えている俺も義経とそう変わらないか……。
月日が経つにつれ、頼朝様の機嫌が悪くなるのがわかった。木曽義仲が北陸の倶利伽羅峠で平家の大軍を破った後、快進撃が止まらないからだ。
大倉御所内の側近だけが入ることを許された間で、俺は罵られた。
「どうなっている、景時。このままでは、木曽の山猿が天下人だ。石橋山で余が天下を取るといったのは嘘か!」
「上総介を調べていますが、頼朝様への謀反の疑いはなく、むしろ忠誠が厚い証しか見つかりません。本心から関東の盟主と仰いでおります」
「余は平将門ではない! 関東独立のためではない! 以仁王の『平家を討て』という綸旨を手に挙兵したのだ! どいつもこいつも役に立たぬやつ!」
どいつもこいつも? そうか、俺以外にも胃を痛めているやつがいるのか。可哀そうに……。
「余の秘密だけ知って何もしないのであれば、そなたは危険な存在でしかない。景時よ。言っている意味がわかるな」
さらに胃がズンと重くなった。最強のいじめっ子の側にいれば標的にされないと思っていたのに、ストレスがハンパない。前世で未経験だったけど、社会人のパワハラってこういうものなのか……。
気が付くと由比ガ浜の波打ち際で座っていた。
俺は慌てて、海から離れる。
ハァ、ハァ……、俺はどうやってここまで来たんだ。前世で思い詰めていたときと同じだ。しっかりしろ! また、自殺なんかしてたまるか! この時代を生き抜くんだ!
海水をすくって顔を洗っていると。後ろから砂を踏む音が近づいてきた。振り向くと覆面をした男たちが近づいてきている。
生き抜くと決めた瞬間にこれか……。
俺は慣れない太刀に手をかけた――。




