第16話(1200年3月) 上皇と零夜叉
◇◇梶原平三景時視点◇◇
和解しかけた白塗り狸こと内大臣・土御門通親の牛車を強奪したのがバレて、北面の武士と俺たちは再び戦闘状態に入った。参河兵を指揮している、室平重広がどうすると聞いてきた。
「どうもこうも、これじゃあ朝敵にされてしまう! こうなったら、上皇を脅してでも幕府討伐の院宣を書いてもらうしかない。越後守! お前の兵と俺とで内裏に向かうぞ。室平と陸丸はここに残って北面の武士を防げ! 危機に陥れた罰だ!」
「なんで某までえ!」と叫ぶ室平の声を無視して、内裏へと向かう。祭祀・行政施設である朝堂院と太政官院の間を抜けていくと、内裏の入口である建礼門が見えてきた。北面の武士が出払っているせいで、門番は1人しかいない。
「門番を殺す必要はない」
先を駆けていた越後の兵が、門番を追い払おうとすると、瞬きするほどの間に3人倒された。しかも、よく見ると武器も持っていない。黒色の小具足という軽武装だ。だが亜麻色の髪の下は異様だった。黒の麻布が包帯のように巻かれていて顔が見えないのだ。だが籠手に入っている紋は見えた「丸に五本骨扇」
――俺はあの男を知っている。
「越後守行くな! あれは、零夜叉だ」
「そんな名は、聞いたことないぞお」
「真の名は足立右馬允遠元。義平十七傑で、十三元老の一人だ」
「凄い人でねえか。でも戦場での働きは知らないなあ」
「ああ。それほどの武人であれながら、木曽義仲との戦の後、平家討伐には参加せず、文官として頼朝公の側で仕えていた。それからだ、足立殿は顔を隠すようになったのは。どんどん出世していったが、頼朝公の他、誰も手柄がわからない。手柄無し、記録無し、顔無し。いつしか人は『零夜叉』と呼ぶようになった」
「じゃあ、弱いかもしんねえべ」
「まあ、聞け。零の由来は他にもある」。
俺は火縄に火をつけながら話を続ける。
「義平十七傑の伝説を作った平清盛への突撃の際、同僚の金子家忠の太刀が折れたとき、なんと自分の太刀を貸し、それからは無刀で戦ったという。俺は零夜叉の任務は暗殺だったと思っている。無太刀なら警戒されずに標的に近づける。武器無し、生き残った相手無し、の零だ」
「全部、想像じゃねえべか。それに昔の話だ。オラの剛力なら倒せる」
城長茂は人の丈ほどある大太刀を振りかぶると、零夜叉に斬りかかった。
「待て! 零夜叉は――」
零夜叉の姿が消えた。
城長茂が振りかぶったままの姿勢のまま、身体から血を噴き出す。
俺は後ろに飛びのく。城長茂が倒れると、零夜叉がいた。
「間合いも無しにする!」
零夜叉は不思議そうな顔をして俺を見た。
「――その声は梶原平三。うぬは無に還ったはず」
聴力まで人外かよ! 畜生!
「お前らを殺すために地獄から舞い戻ったんだよ!」
銃の引き金を絞る――が、零夜叉の姿がまた消えた。
知らない武器なのに、攻撃の気配で察しやがった!
いつの間にか零夜叉は俺の背後にいた。耳元でささやく。
「見知らぬ術まで使う――うぬは真理に到達したのか?」
「ああ! お前ら元老が俺を罠に嵌めた真実にな!」
銃で横殴りにしたが、空を切った。
なぜ、内裏に零夜叉がいる。いや、そんなことはどうでもいい。この場を生きて逃げ延びられるのか。火縄に火をつけようとすると、手が汗でずいぶん濡れていた。
銃を構え零夜叉の姿を探すと、建礼門まで戻っていた。いつの間にか門は開いていて、そこには――。
「上皇陛下!」
ハットを取り片膝をつく。顔を見たことは無かった。だが、一瞬で上皇だと感じた。
「足立よ。神技を見せてもらった。鎌倉の思惑は知らぬが、卿を院近臣として取り立てよう――そこの賊、内裏まで何をしに参ったか申せ。朕への直言を許す」
「賊ではございません。幕府追討の院宣をいただきに参りました」
「――ほう、源氏と戦う気概がある者がまだいたか。されど幕府と朝廷の関係は良い。いつか幕府が罪を犯すときが来れば進んで院宣を下そう。だから今は去れ」
上皇の言葉に覇気を感じた。俺は零夜叉の反応を見る。
零夜叉が側にいるのに、そんなことを言ってもいいのか?
「足立は朕の近臣となった。鎌倉に漏れても構わぬ!」
俺の内心を見透かしてか、上皇は大きな声で言った。
零夜叉の表情は布で隠れていて読み取れない。
「将軍家も朝臣の一人。朕は朝臣を怖れるものではない。他に望みはあるか」
「播磨新守護・小山朝政の命。播磨は我が旧領にございます。そのためにそこにいる越後守は命を懸けました」
上皇は城長茂の死体を見ると、しばらく考えてから零夜叉に言った。
「足立、いや、零夜叉と呼ぼう。朕は先のやりとりを聞いていた。卿の神技なら、小山の名を残し、命だけを消すことはできるか」
「御心のままに――」
この後、上皇の命により戦いは停止され、俺たちは宮城から引き上げることができた。




